
「ルカシュ・・・・・ああ、まさか、そんな・・・・・・」
妖花はルカシュの身体を軽々と持ちあげ、そしてゆっくりとその紅い淫靡な口腔へと運んでいく。
「ウロフ・・・・これは喰人花だ。」
唇がルカシュの足をくわえる。骨のくだける鈍い音が響いた。
「ルカシュ!!」
しかし、苦痛すら感じないのかルカシュは陶酔した顔に笑みすら浮かべ、今まさに喰人花の
餌食になろうとしている。
足から膝、そして腹 花は彼の肉体をじょじょにむさぼり食らっていく。鮮血が純白の花弁に
したたり落ちる・・・・・・・。
胸、肩、両腕、そして最後に、あの生意気で好色な、それでもどこか子供っぽさの抜けぬ
若者の頭が、ぞろりと生えそろった花の歯と歯ではさみこまれたかと思うと、ぐしゃりと
かみ砕かれた。その瞬間、熟れた果実が押しつぶされたように、あたりには脳しょうやら血液
やらが飛び散った・・・・・。
ウロフ・ルツはこみあげてくるえずきをこらえることができず、よろよろとあとずさった。
1人の人間が、それもここ数ヶ月日夜行動を共にしてきた若者が、今自分の目の前で
跡形もなく咀嚼され、断末魔の声をあげることもなく、消化されていったのだ。
「こ・・・・・この・・・・人喰いめ・・・・・・・」
夢だ、これは旅の疲労が見せるたちの悪い夢に違いない。ああ・・・身体が重い・・・・
眠りたい・・・・・夢も見ずに眠りたい。何か温かいものに包まれて。温かいもの、柔らかくて
生あたたかい・・・・・)
喰人花の妖香はすでにウロフをも冒しはじめていた。
「ウロフ・・・・ウロフ・ルツ!」
どこかでアシュランの声がする。しかし・・・・・
(身体が溶ける、とろとろに溶け、大地に流れ、吸い込まれてしまいたい・・・・・)
「目を覚まして、旅のお方。」
「誰だ・・・・・。お前は誰だ。」
波立つ黄金の髪を身体中に巻き付けた、美しい少女が姿を現し、ウロフに手を差しのべた。
まだ子供といってもいいほどの、あどけない少女。
「あたしは、ミヌーシャ。」
「ミヌーシャ・・・・・・。」
「こっちに来て・・・。」
風もないのに、少女の髪は、その一本一本が生命を持ちあわせているかの如く、さわさわと
ゆらぎながら少女の身体から離れ、その下からあらわれたのは、無垢であどけない少女の
身体からは想像もできぬほど、ひどく淫靡で艶めかしい娼婦の肉体だった。
「ウロフ!剣を、剣をかまえろ!」
アシュランの声が響く。
「魔道だ、幻惑だ!ウロフ!」
しかしウロフはミヌーシャに向かって手を伸ばした。
(あと少し・・・・・あと少し伸ばせば、ミヌーシャに触れられる・・・温かくて、柔らかい
あの身体に・・・・・)
その時、ウロフの左腕に激痛が走った。
「っつぅっ!」
「ウロフ、つたを切るんだっ。」
とっさにウロフは力まかせに剣を振り下ろした。
「あ、ああっ!」
フェイシアの悲鳴が響いた。
「ミヌーシャ!!!」
気が付くと、少女の姿はなく、ウロフは床にころがっていた。
「大丈夫か。」
「アシュラン。」
「見ろ」
つるを切られた喰人花は、緑色の液体をしたたらせながら激しくのたうちまわっている。
「すまぬ、覚醒させるために、私が切った。」
ウロフの左腕には、アシュランが短剣で斬りつけた傷があった。
「そうか、さっきの痛みはお前が・・・。」
「花の香に幻惑され、つるにからめとられて運ばれる寸前だった。」
「恩にきるぞ、アシュラン。よし、とどめだ。」
正気に戻ったウロフは、再び剣をかまえた。
「やめて!ミヌーシャに触れないで!」
半狂乱のフェイシアがすがりつく。
「ばかな。こいつは化け物だ。フェイシア夫人。目を覚ますんだ。」
「いいえ、ミヌーシャよ、あの子の遺体を埋めた場所から生まれたのだもの。あの子の
化身に違いない。」
「あんた、ずっとこの人喰いと一緒に暮らしてきたのか。俺たちばかりじゃない、国境を
越えてきた旅人たちを館に引き入れ食人花のえじきにしてきたのか?」
フェイシアはくたくたと床に崩れ落ち、そして力無く顔をあげ、言った。
「本当に幸せだった・・・・あの子を身ごもったとき。」
「ミヌーシャをか?」
「後にも先にも、たった1人私たち夫婦にさずかった子で、夫はもちろん、館の者もこぞって
祝福してくれた。
あれは子が産まれる少し前のこと、見知らぬ老人が訪ねてきて、こう言ったわ。
『ああ、ようやく見つけた。こんなところにいたのか。』
そしてしぼりだすような声でこう言ったわ。
『腹の子を世に出してはならぬ、腹の子は妖花アルラウネの種を宿しし魔性の子なり』と。」
「妖花 アルラウネだと?」
アルラウネ・・・・・・太古天空より飛来した邪神、暗黒王アザトース。そしてその膝元に
生えたと言い伝えられる妖花アルラウネ。
暗黒王アザトースの邪悪な種を宿し、あまたのよこしまな神々を産んだとされる、アルラウネ。
「ミヌーシャはアルラウネの生まれ変わりだと?」
「夫はたいそう怒り、その老人を追い返した。そのようないまわしい予言など、聞かぬことにして、
私は出産を迎えました。そしてミヌーシャが産まれた。愛らしい、ミヌーシャが・・・・。私たちの
自慢の娘だった。5歳になって、はじめて城の夜会に連れていった時も、皆ミヌーシャを
抱きしめかわるがわるその頬にキスしようとしたわ、まるで人形を奪い合う幼子たちのように。
あのまま・・・・そう、あのまま時が止まっていたら、私たちは幸福の絶頂のままいられたのに、
でもあの老人の予言は・・・・ああ!私たちが知らぬまに、妖花の種はあの子の中で芽吹き、育ち
初めていたのよっ。」
フェイシアは両手を顔に押し当てて、苦悶した。
「怖ろしい・・・・なんて怖ろしい・・・・まだ7才になったばかりのミヌーシャが、狂ったように男と・・・
おお、私はあの有様が目に焼き付いて離れない。無垢な・・・妖精のように純粋だったミヌーシャが
馬丁の少年と・・・・・・」
「そうだ、それがアルラウネだ。最もみだらでまがまがしい性を持つ。」
ウロフは低くつぶやいた。
「そしてしまいには自分の交わった男たちの体を切り刻み、狂喜するのです。ほとばしる鮮血を
身体中に塗りたくり、臓物をもてあそぶ・・・・でも私たちはそんな我が子の姿をただおののきながら
見ているしかなかった。夫は娘の秘密を知られぬうちに、使用人たちを解雇しました。そしてヘルガ
だけを伴ってこの地に移り住んだのです。夫はここに来て間もなく亡くなりました。元々丈夫で
なかったうえ、心痛が重なったのでしょう。ミヌーシャと私の身を案じながら・・・・・・。
そしてある日、ミヌーシャもまたベッドの中で息絶えておりました。なぜかはわかりません。
それはそれは怖ろしい苦悶の形相でこときれていました。
娘の遺体を夫の隣に埋葬し、ひと月ほどして、「あれ」が芽吹きはじめたのです。
そして芽は考えられぬほどの勢いで育ちはじめ・・・ミヌーシャだと・・・・私はあの子だと
思いました。あの子の身体が土の中で花と化したのだと。どんな姿になっても、あの子は
私の愛しいミヌーシャに変わりはないのです。私は花をミヌーシャの部屋に移し、そして
あの子の欲しがるものを与え続けてここまできたのです。」
「欲しがるものとは・・・・・男か。」
「ああ、どうか。あの子を殺すなら私も共に殺してちょうだい。ミヌーシャのためにもう幾人の
罪のない旅人を館に誘い込んだかしれない。私もまた、邪悪な暗黒王アザトースに魂を
捧げてしまっているのです。」
そう言って、フェイシアは泣いた。
「フェイシア、ミヌーシャはもうとうに死んでいるのだ。これはミヌーシャじゃない。邪淫な
アルラウネだ。この館と共に焼き滅ぼしてしまおう。そしてあなたは、ヘルガと共にワランに
戻るんだ。俺が連れていってやろう。」
「私は・・・・私はあなたたちをもミヌーシャに与えようとしたのですよ。こんな私を
救うとおっしゃるの?」
「俺にあなたを裁く権利はない。さぁ、ワランへ行こう。」
「いいえ・・・・・・いいえ!」
フェイシアはウロフの手を払い、なおものたうつ喰人花の側へとかけよった。
「この子は私の娘よっ、誰にも触らせない。」
「フェイシア!」
「ミヌーシャ、お母さまがそばにいるわ、決してあなたをひとりにはしないことよ。ミヌーシャ。」
フェイシアはついさっきルカシュを噛み砕き飲み下したいやらしい唇を、愛しげに撫でた。
「行ってください・・・ここに火を放ち、ミヌーシャ共々焼き尽くしてください。魔であれ何であれ
ミヌーシャを生み出したのは私です。この私もミヌーシャと共に滅ぼしてください。」
「ウロフ・・・・行こう。」
アシュランは言った。
「この人を置いてか。」
「この者の、それが望みとあれば・・・。」
「早く!早く行って。でないとミヌーシャは再びあなたがたを惑わし、餌食とするでしよう。」
「ウロフ・ルツ、決断しろ。」
ウロフは静かに剣をおさめ、フェイシアに向かって礼をつくした。