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燃え尽きたたき木の山が、がさりと崩れ落ちた。
いつのまにか、炎は小さくなり、埋み火になりかけていた。
「いかん・・・ついうとうとと。」
ウロフはあわてて残った火に枝をくべた。再び炎が燃え始める。
ふと、顔を上げると、セラフィムがじっとこちらを見据えていた。
「つい、眠りこけてしまったようだ。なにか寝言でも言っていたか?」
「いや・・・なにも。」
セラフィムがはじめて口をきいた。その声はいくぶん細めだったが、少女のものではない。
不思議な響きがあった。
「私をどうするつもりだ。このまま捨てて行くか、殺すか。」
「お前の望むように。」
「死にたくはない。死ぬ気ならピセアダイにいた時にいくらでも死ねた。」
そしてセラフィムは再びウロフを見た。
「私をどこかへ連れて行ってくれないか。」
「どこへ?」
「ここではない、どこかへ。」
「いいだろう、あやまちとはいえ俺の連れがお前の連れを殺めた、その罪ほろぼしだ。」
「あれは乳母だった。私を幼少の時から育ててくれた。私たちは逃げあぐね、あそこで
死ぬつもりだった。」
「そこへルカシュが入り込んだというわけか。」
「そして私はまた生き残った・・・・・・もう死ぬ気はない。」
「よし、わかった。それじゃあ名乗りをしよう。俺はウロフ・ルツ。ただの放浪者だ。
時々傭兵として稼ぐ。お前は?」
「アシュラン」
「アシュラン王子か。」
「ただのアシュランだ。国はもうない。」
美しい水晶細工の顔がうっすらと微笑んだ。肉親も、故国も失って初めて、この美しい
両性(セラフィム)は解き放たれたのだろう。
森の夜はゆっくりとふけていった。
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2頭の馬が平原を行く。
黒い馬にはアシュランを前に乗せたウロフ・ルツが、そして少し遅れて栗毛の馬に乗った
ルカシュが。なにやら不満げにぶつぶつつぶやいている。
「まったく・・・・捨てときゃいいのによ、やっかいもん拾っちまって。面倒に巻き込まれるのは
まっぴらだぜ。」
「なにが面倒だ?ルカシュ。」
「だってよ、いわく付きの王子なんだろ?命狙ってる奴がいるかもしんねぇ。だいいち
凶事の前ぶれだってぇじゃねーか。俺たちにまで災いがふりかかってきちゃたまんねーよ。」
「嫌ならいつでもひとりで行っていいんだぜ。俺とお前は別に相棒ってわけでも、仲間ってわけでも
ない。」
「やだよ。」
ルカシュは少し怒ったように言った。
「あんたといると金になる。」
「金に?なぜだ。」
「あんたと組んで仕事すりゃ、まちがいなく大金を得られるってことさ。あんたはどんな戦いに
だって、たいした働きをするし、あんたが手柄たてりゃ相棒の俺にもたんまり見返りが入る。
それによ、あんたといると、どんな危ない目にあっても、大丈夫って気がすんのさ。今度のいくさ
だって、だいぶ助けてもらったじゃないか、恩にきてるんだぜ、これでも。」
「そりゃありがたいが、俺はいくさはもうごめんだ。できたら剣を捨てるつもりでいるんだ。」
「そりゃ無理だね、あんたは剣を捨てられるはずがないよ。たとえ捨てても、戦神レプルは
あんたを見放すはずがない。」
ルカシュは皮肉まじりに唇のはしをまげて笑った。
「ふん、生意気な口を利く。俺とお前は今度のいくさのほんの少し前にたまたま酒場で
知り合っただけじゃないか。なぜそんなことがわかるんだ?」
「かんだよ、かん。俺はいくさと金と女には鼻がきくのさ。」
そしてルカシュは形のいい鼻をくんくんならし、空気を嗅ぐまねをしてみせた。
「くそったれがっ。このへんにゃ女の匂いもしねぇ。ただ草の青臭い臭いがするだけだ。
なぁ、ウロフ。国境はもう近いんだろ?」
「ああ、今日中には国境を越えてファーハイムに入るだろうさ。しかしすぐさまお前の好きな
ものにありつけるってわけにはいかんだろうな。ファーハイムの首都に入るまであと2日は
かかる。それまでは山と森ばかりだ。」
「くそっ。」
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国境とはいえ、関守がいるわけでもなく、一行はいつのまにかファーハイムの領土へ足を
踏み入れていた。
ファーハイムは小国ながら、商業が盛んで、首都は活気に満ち他国との交易も頻繁で
あった。ファーハイムの国王妃は、ルナトリアの王妹しいうこともあり、ルナトリアからの
援助も大きい。しかしここはまだそんな様相などなく、山々と森林の連なる辺境だ。
「ウロフ、一休みしようぜ。」
「こんなところでか?」
「ションベンだよ」
ルカシュはさっさと馬を降り、茂みに姿を消した。
「ワラン(ファーハイムの首都)へ行くのか?」
アシュランがつぶやく。
「とりあえずな、食料も手に入れなきゃならん。ワランは嫌か?」
「別に・・・・どこへ行っても同じだ。ただ、ルナトリアの手の者が私を探しているかもしれぬ。」
「アシュラン、お前は魔道が使えるのか?」
「いいや。」
「お前を連れていると、この先俺になにか不吉なことが起きるかもしれん。そんな予感は
しないか?」
「わからない。でも私がピセアダイ滅亡の予兆だったことは確かなようだ。それにしても、
なぜここまで生き延びてしまったのか・・・。」
「昔、俺の母親が言っていたよ、死ぬべきはずの者が生き延びたということは、神によって
なにかなすべきことが与えられているからだそうだ。」
「私に、なにかなすべきことがあるというのか。」
「俺にはわからん。ただ、俺もまたお前と同じ、何度も死にそこねた人間だ。あんな森の中で
死にそこねたお前を拾ったのも、何かの巡り合わせなんだろうさ。」
ウロフはまず最初に自分が馬を降り、次にアシュランを抱き下ろした。
「ウロフ・ルツ、本当の名ではないね?」
「得体の知れない放浪者が、本名などいつまでも大事にとっておくはずはないだろう?」
「それもそうだ。」
アシュランはうっすらと笑った。
突然、ルカシュが悲鳴と共に茂みの中から転がり出てきた。
「あいててて!!」
「どうした?ルカシュ。」
「紅蜘蛛だ、紅蜘蛛に足を噛まれちまったっ。」
ルカシュの右足が赤く腫れ上がっている。
「お前ってやつは、ろくなめに合わないな。」
「いてっ、くそぉ。」
「とにかく馬に乗れ。」
毒が全身にまわるのをふせぐために、右の太股を布できつくしばり、ルカシュを馬に乗せた。
「紅蜘蛛か、またたちの悪いのに噛まれたもんだ。足の一本くらいは覚悟しろよ。」
「冗談じゃねーぜっ、なんとかしてくれよぉ、ウロフ。」
「毒消しでもあればいいんだが、とにかく人の住んでいるところまで出るしかない。」
しかし、行けども行けども、うねうねと続く山道には人家などは見あたらぬ。森を住処とする
小民族の姿でも見つけることができれば、毒消し効果のある薬草を手に入れることができる
だろうが。
あと1時間もすれば、毒は身体中を走り、脳に回り、死に至るだろう。
紅蜘蛛の毒は、目無し蛇や毒ヅタと並んで、山中を旅する者にとってはおそるべき猛毒なのだ。
「ウロフ・・・・もうだめだよ・・・。」
「なにを言う、もう少しがんばれ。」
「死んじまうよ・・・やっぱりそいつは疫病神らしいぜ。拾わなきゃよかったんだ・・・」
「きっかけを作ったのはお前じゃないか。とにかく困ったな。このまんまじゃ本当に危ないかも
しれんぞ。」
その時、アシュランが前方を指さし、言った。
「ウロフ、あれを。」
草むらに人影が見える。
「ありがたい。」
ウロフは馬を急がせた。
「すまないが、旅の者だ。あんたたちはこの辺の住人か?」
草むらから姿をあらわしたのは、女が2人。それもこんな辺境の山中にはおそよ不似合いな
優雅に長衣など身にまとっている。
(まさか、妖魔か?)
一瞬、ウロフは疑った。深山には女の姿に化けて、旅人をたぶらかし、その目玉を食らう
妖婆がいるという。
しかし、どう見ても、その女たちにはそんな怪しげな様子は見受けられない。
一人は30代半ば、美しく上品な目鼻立ちは見る者をほっとなごませる。
長い黒髪をゆったりと編み、ゆるやかな薄紫のドレスを身につけた貴婦人だ。
もう一人はその侍女らしい初老の女である。
婦人は少し驚いた様子で目を見開き、つみ取ったらしい赤い実でいっぱいになった籠を胸に
抱きしめている。
「連れの者が紅蜘蛛に噛まれたらしく、難渋している。もし毒消しをお持ちなら、分けてもらえ
ないだろうか。」
ウロフは馬を降り、できるだけ丁寧に、しかし油断なく2人に近づいた。
「まぁ・・・それは御難儀でしょう。私の館はすぐそこですけど、毒消しをお持ちするより、一緒に
おいでになった方がよろしいんじゃないかしら。お連れの方、だいぶお悪いご様子ですわね。」
女は心配げにルカシュを見やった。
「それは願ってもないが、しかしそれではご迷惑が・・・。」
「こんな辺境に住まいしておりますと、そういう旅のお方をお助けすることが何度もありますのよ。
私どもはいっこうにかまいません。どうぞ、おいで下さい。」
女はやんわりと微笑んだ。
(誰かに似ている・・・・・・誰だったろう・・・)
その顔に、懐かしい誰かの面影を見出した。しかしそれが誰だったのか、ウロフには思い出すことが
できなかった。