第二章

森はほとんどソマの大木で囲まれ、木登りさえできれば、たやすく食べ頃のソマの実が手に入った。
ルカシュがするすると木を登り、こぶし大のソマを5つ6つ採ってきた。
森中で一番太かろうと思われるソマの巨木の下に、火を焚くことにした。巨木の根本にはちょうど大人が
入って充分なほどの大きなうろが空いていたし、万が一雨が降り出しても、うろに入ればしのげそう
だった。
「今夜は交代で見張りをせにゃなるまいよ、ここはまだピセアダイだ。どこに残党が潜んでいないとも
限らん。」
「へっ、奴らになにができるってのさ、ああ、くたびれた、なぁ、ほんの少し眠っていいだろ?
夜更けには俺が番してやるからよ。」
「ああ、好きにしろ。」
ルカシュは荷物をかついで、木のうろにのろくさと歩いて行った。
ウロフは馬をつなぎ、鞍を降ろした後、小枝を折り火をおこした。
森は、ピセアダイの滅亡とはまるで無関係に、いつもと同じ姿で宵を迎えようとしている。
日没を告げるユウヒバリのかん高いさえずりが、幾重にもたたみかけるように響きわたる。
ぱたぱたと、乾いた音で燃え始める炎を見つめ、ウロフは、これが最後だと考えていた。
(戦なんぞ、これが最後だ、金を得るために傭兵暮らしをしてきたが、もう金は充分手に入れた)
片膝にあごを乗せて、目を閉じて、ウロフはなにか考え深げにじっと動かなかった。その時。
「う、うわぁ!!」
ルカシュの叫び声、そして引き続いて女の鋭い悲鳴。
「どうした!?ルカシュ!」
剣を手に走り寄ると、うろの外には商人風の灰色の服を着た者が、右胸を鮮血で染めて
仰向けに倒れている。その右手には、女物らしい細身の短剣が握られていた。
そのすぐ傍らに、血のしたたる剣を握ったルカシュが荒い息でたちすくんでいた。
「う・・・うろに入ったとたん、こいつがいきなり斬りつけてきやがって・・・」
その者はすでに虫の息で、無造作に大地にころがっていた。
「女じゃないか・・・」
あまり若くはない、しかしきりりとした顔立ちのその女は、商人のなりはしているが、
あきらかに高い身分の出てあるらしい。
女は、かっと目を見開き、何か言おうと口を動かす。
「ア・・・・さま・・・どうか・・・ピセ・・・・・。」
しかしほとんど言葉にならない。
「ルカシュ・・・お前また思い切りやったもんだ・・・。」
「だってよ!いきなりだぜ、殺すつもりなんかなかったけどよ、とっさにやっちまったのさ。」
「ピセアダイの者らしいな、たぶん逃げ延びて潜んでいたんだろう。しかしもうだめだぞ・・」
女は全身を硬直させ、無念げに目を虚空に向けながら、まもなくこときれた。
「中にもう一人いるぜ。」
ルカシュは剣を手にしたまま、うろに入り込むと、もう一人同じような格好をしたピセアダイ人を
引きずり出した。その者はたいしてあがらう様子もなく、たやすく外へ連れ出された。
ルカシュは少し乱暴に、その者が深くかぶっていたフードをはねのけた。
「女か・・・・。」
それもルカシュ風の言い方をすれば、とびきりの上玉。
何よりも目を引くのは、肩より長い銀白色の髪で、ウロフはそれまでそんな色の髪を
見たことがなかった。
「こいつぁたまげた、とびきりのべっぴんだぜ。」
「どこのお姫様だ?」
ウロフは女の側にしゃがみこんだ。女は怒りと悲しみとあきらめに満ちた目でウロフたちを
見ていた。
「おそらくピセアダイのいいとこの出だろ?宵までここに隠れているつもりだったのか。」
「決めた!こいつは俺がいただいたぜ。」
そう言うが早いか、ルカシュは女の細腕を掴んだ。
「まったく・・・お前というやつは、すぐそれだ。」
「もうけもんさ、見つけたもん勝ち。」
まだ少年っぽさの残った顔に不釣り合いな、ひどくげびたいやらしげな笑みを浮かべ、
ルカシュはその場に女を押し倒した。
「ばか、向こうでやれ、向こうで。」
しかし、どん欲な若いけだものはそんなウロフの声に耳もかさない。
「やれやれ・・・」
ウロフはしかたなくその場を離れることにした。
これが戦の習いだ。破れた国の男は殺され、女は汚される。ウロフはもういやというほど、
そんな様を見てきた。
(たとえここで助けてやっても、このまま無傷で逃げおおせるはずもない・・・)
「うへぇ!、こいつは・・・・」
またしてもルカシュの声。
「ウロフ、来てくれよ、はやくっ」
「なんだ?どうしたんだ。」
ふりむくと、ルカシュがあわてて脱ぎ散らかした自分の服をかき集めているところだった。
「こ、こいつを見ろよ。」
ルカシュが指をさす。地面にはあられもない姿を宵闇にさらす娘が・・・・いや・・・。
「女・・・・・ではなかったのか・・・・?」
その者は、透きとおるような裸体をかくすでもなく、大地に半身をおこして、哀れむような
まなざしで、2人を見ていた。
「両性(セラフィム)か・・・・」
闇に浮かぶ白く美しい肢体には、男の証も女の証も、見いだせぬ。
両性具有(セラフィム)だった。
「へぇ、おどろいたぜ。こいつがセラフィムか。はじめて見る。」
「・・・・とすると、お前さんは・・・・。」
ウロフは、そのセラフィムに服を着せかけてやりながら、言った。
「もしや、ピセアダイの『秘せられた王子』というのは、お前さんのことか?」
「おいおい、ウロフ、なんだい?その秘せられたなんとかってのは。」
「その話をする前に、まずは、お前が殺めたあの気の毒なご婦人を弔ってやろう。
それから、晩飯の用意だ。このきれいさんだって、腹はへるだろ。」

赤々と燃え立つたき火と、それに照らされた周囲の、ささやかな空間以外は、ねっとりと重く
たれ込めた闇である。
やはり漆黒に塗り固められた天空には、まばらな星と蒼い月。
そして夜行動物を狙う獰猛なサケビドリの声が、時折響く。
ウロフは慣れた手つきで携帯用の銅器に湯を沸かし、薬草の茶を入れた。
ルカシュはソマの実をかりかりとかじりながら、干し肉を切り分けた。
「かてぇ干し肉と味もそっけもないパンか。もーあきあきだ。」
「いやなら食うな」
たき火の周りにはウロフと、ぶーたれながらも干し肉とパンをむさぼり食らうルカシュ。
そして炎の赤い照り返しを受け、怪しげな緋色にも見える銀の髪のセラフィムが、
与えられた食物に手もつけず、黙って燃えさかる炎に見入っていた。
「さっきの話だけどよ、何とかっていう・・・・。」
「俺も流れ者の吟遊詩人から聞いた話だから、よくは知らんが。」
と、ウロフは火に小枝をくべながら言った。
「ピセアダイの王家には言い伝えがあって、5代に一人、両性(セラフィム)が
現れるという。セラフィムはピセアダイの凶事の前ぶれだと言うんだ。確かに、何代か
前の王の時代にセラフィムが生まれ、その直後に王は原因不明の病で死んだという。
ピセアダイ全土に疫病が流行し、数多くの死者が出たこともあるという。その昔は
火の山が突然怒りだし、ふもとの町が住民ともども土深く埋もれた。ひどい干ばつが
何日も続き、作物がことごとく全滅したこともあった。それらの凶事の前には必ず
王家にセラフィムが生まれ出ているという。ピセアダイ創世の昔、創世王グローディンが
受けた、両性の神ル・カリタの呪いだと言う者もいるが、単に王家が何代にもわたって
繰り返してきた血族婚によるものだろう。
セラフィムはたいそう虚弱で、たいていは生後まもなく死ぬという。ところがハラルド王にも、
以前セラフィムが生まれていたというんだ。」
「だって、ハラルド王の王妃は、嫁いでそう年月はたっていないはずだぞ。まだ15かそこら
だったはずだ。」
「フェーヌ王妃は二度目だ。10年以上前に亡くなった最初の王妃が産み落とした子が
セラフィムだったんだ。そしてそのセラフィムが、生きながらえて、王宮の奥で
『秘せられた王子』として成長していると。」
「するってーと、こいつが、その?」
「あの混乱の中を、誰かに導かれてうまく逃げおおせたってところか。どうだ?」
ウロフの問いかけが聞こえているのかいないのか、セラフィムはみじろぎひとつ、
眉ひとつ動かさない。
「やばいよ、ウロフ。だとしたらとんだ拾いもんだ。こんなの連れてちゃ俺たちにも
どんな災いがふりかかるかわかったもんじゃない。」
「じゃあどうするんだ?こいつの連れをやっちまったのは、お前さんだよ。」
「だって、ありゃ仕方なかったんだ。」
「とにかくどうするか、明日考えよう。俺が火の番をするから、お前は少し寝ろ。
半刻したら交代だ。」
ルカシュは口の中でなにかぶつくさ言いながら、その場にごろりと横になった。
セラフィムは深く膝を抱え、やはり身を固くしたまま、炎を見つめている。
ひき被ったフードから銀の髪が月の雫のようにこぼれおちる。
ついにセラフィムは一口も食べ物を口にしなかった。聞こえているのか
話せるのか、誰の言葉にもなにひとつ反応も示さない。
王の子でありながら、この美しいセラフィムは、陽の目を見ることもなく、王宮の
奥でその存在すら隠されて育ったのだろうか。
自分を守って殺された侍女の死にも、表情ひとつかえず、感情を失ってしまった
かのようだ。どれほどの辛酸をなめてきたのだろう。その若さで・・・・・
まだ15か、16。
たき火のはじがかさりと崩れ、小さな火の粉が舞い上がる。
炎の温かさが心地よい。
得体の知れぬまがまがしい夜の森も、この火があるうちは少なくとも安全だった。