
| 「はじめて海を見た時のこと、覚えてる?」 彼女はだるそうに寝返りを打った。 「わからないわ、忘れちゃった。」 「あたしは覚えてる。ちっちゃい頃ね、電車の窓にかじりついて、あたしは外を見てたの。 母さんがね、「ほらほら、あそこ。見ててごらん。」 って指さしてね。すると山と山の間から真っ青な海がほんの少しずつ見えてきた。 でもあたしはその時まではまだ、へぇ、海っていうのは川と同じなんだ・・・ってくらいにしか 思わなくて。そしたら、電車はトンネルに入って、海どころか何も見えなくなっちゃった。 そしたら今度は父さんが言うの。 「トンネル出たら、もう海だよ。」ってね。まもなく電車はトンネルを出て、そしたらね、 さっきはあんなに遠くに、かけらくらいにしか見えなかった海が、目の前に広がってるの。 息が詰まりそうなくらい広くて、蒼くて・・・・・」 うっすらと笑みを浮かべながら目をつぶる彼女。 (こんなに痩せて・・・・・・・・・・・) 生命の精粋を一身に集めた、明るくて陽気な子だったのに。 「ちょっと・・・?ねぇ、どうしたの?」 突然不安にかられ、わたしは声をかけた。 「どうもしないわよ、死んだと思った?」 「バカね・・・・へんなこと言いっこなしよ。」 「死なないわよ、まだ、あとしばらくはね。」 「やめなさいよっ、ほんとに怒るよ。」 「ごめん。」 病室の窓を少し開けた。ひんやりとした空気が流れ込む。 「海は、いいわねぇ。」 ため息まじりに彼女が言った。 「海の記憶は忘れないわ。人は死ねばいずれ忘れられてしまうけど。あたしも時期 みんなの記憶から忘れられていくんだろうな。」 「またそんなこと言う・・・・・・しっかりしなさいよ。」 「むかしね、『夭折』ってきれいだなって思ったことあるの。老いさらばえて、他人の 重荷になって死ぬより、若いうちにぱぁっと逝っちゃうのがいいなって。ねぇ? そう思わない?」 わたしは返事がみつからなかった。 「ああ、思いっきり絵が描きたいなぁ。」 ・・・・・・・・・画家になりたいなんて思わないけど、・・・・・・・・・・・・・・ 長い髪を後ろできゅっと結んだ、制服姿の彼女が浮かんでくる。 ・・・・・・・・大好きな海だけ描いて暮らしたい。それでね、あたしの子供が 今のあたしくらいになったら、海でいっぱいになったあたしのアトリエに 連れてくるの。そして言うのよ、『ほら、これが母さんの大切なもの・・・』 |