あかちゃんって、大切なものらしい。
柵のついた専用のベッドに寝かされて、健太とまゆみさんは最初の夜、暇さえあると
あかちゃんをのぞきこんでいた。
鳴き声ときたら、耳がびりびりするほど。
僕なんか夜はなるべく鳴かないように気を使ってるのに、あかちゃんは夜中でもかまわず鳴く。
去年の春、僕はどうしてもがまんできなくて夜中に鳴いたことがあって。
あの時健太は僕を外に放り出したのにさ。
あかちゃんはいくら鳴いても、放り出さないんだ、これは不公平だと思う。
それにね、あかちゃんはひとりでおしっこできないんだ。
これにはびっくりしたね。
まゆみさんは(時々健太も)ただ鳴いてるあかちゃんの、もらしちゃったおしっこを
怒りもしなんでとりかえてやるんだ。
あかちゃんってよくわからない。
あかちゃんってなんなのか、確かめようとして近づくと、健太もまゆみさんも、僕を怒るんだ。
「あかちゃんの上にのっかっちゃだめ。」って。
ねぇ?あかちゃんってそんなに大切なもの?
僕よりも?

あかちゃんが来てから、健太は前みたいに僕に話しかけてくれなくなった。
そんな時間があったら、あかちゃんの顔を見ていた方が楽しいからだよね。
あんまり遊んでもくれなくなった。
仕事、忙しいしね。
「パパになったんだから、俺も仕事がんばらないとな。」って言ってたもんね。
まゆみさんも、あかちゃんの世話が忙しくて最近僕のご飯を忘れる時がある。
僕がお腹空いてみゃーみゃー鳴いても、気づいてくれない時がある。
まゆみさん、最近ちょっと疲れてるみたいだ。
だってあかちゃんってほんとによく鳴くんだもの。
朝も昼も夜もね。そのたびに、まゆみさんはあかちゃんを抱っこして部屋中を
歩き回っている。
いいさ、僕は。一食くらい食べなくても死にはしないから。
でも、白い顔して、泣いているあかちゃんを見ている悲しそうなまゆみさんは
ちょっとかわいそうかな・・・・・・

まん丸い月が浮かんでいた。
屋根に登って歌いたくなる、そんな夜。
あかちゃんはいつもよりいっそう、泣いていた。
朝から泣いて、泣いて、止まらない。ミルクをあげても、おしっこをとりかえても、
抱っこしても泣きやまない。
まゆみさんのかわりに健太があかちゃんを抱っこしたけど、やっぱりあかちゃんは
泣きやまない。
まゆみさんは床に座り込んでしくしく泣きだした。
ふん、やっぱりね、あかちゃんなんて返しておいでよ。
ところかまわず泣くし、おしっこもらすし、ふにゃふにゃしててちっとも可愛くないよ。
僕のほうがずっとおりこうでしょ?
僕はなんだかうれしくなって、「にゃお」と鳴いた。
すると健太が僕を見て悲しそうにこう言った。
「なぁ、あかちゃんってどうしたら泣きやむの?教えてくれよ、なんとかしてくれよ。」
そんなこと僕に聞かれたって・・・・・
でも、健太・・・・・・僕は健太のあんなに心細い顔は見たことがない。
健太の悲しい顔は見たくないよ。
どうすれば健太をまた笑わせることができるだろう。
そうだ、あかちゃんが泣きやめば、健太はまた笑ってくれるかな。

僕は少しだけ開いた窓のすき間から、外へ出た。
あかちゃんを泣きやませる方法を探しにね。