月夜のおつかい



僕は怒っていた。
だって誰も赤ちゃんが来るなんて、教えてくれなかったんだもの。
僕の飼い主の健太も、その嫁さんのまゆみさんもね。

そりゃ僕はたかが猫。
公園のごみ箱の脇で、空き段ボールに入れられてみゃーみゃー鳴いてるところを健太に拾われた。
雨に濡れて寒くてぶるぶる震えてる僕を、健太はトレーナーのお腹のところにくるんで
連れてってくれた。
そのころ健太はまだ小さなアパートにひとりで暮らしていて、敷きっぱなしの布団の上に
ビールの空き缶とたばこの空箱が散らばっていた。
「なんだ、お前、きったないな〜」って言って、健太は僕を乾いたタオルでふいて、
それから布団に入れてあっためてくれた。
あれからずっと、僕は健太の家にいる。

健太は僕に、毎日いろんなことを話してくれた。
仕事の話、好きな子の話、子供の頃の想い出。
楽しかったこと、嫌だったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと。
そしていつも、古いセーターをといて作った大きな毛糸玉で遊んでくれた。

やがて健太に嫁さんが来て、ちょっとだけ広い部屋に引っ越して3年がたったけど、
僕はあいかわらず健太の家で好き勝手やって暮らしていた。
まゆみさんもやさしいし、好物の干物もお腹いっぱいたべられるし、健太が作ってくれた
僕専用のベッドに仰向けに寝転がっていると、健太はそれまでと変わりなくいろんなこと
話してくれくれた。まゆみさんにも言えない秘密の話もね。
そう、健太はいままでなんでも僕に話してくれたのに、
あかちゃんが来るなんて言わなかったよね。

まゆみさんがある日突然いなくなって、しばらくして帰ってきたと思ったら、
健太がなにか大事そうに抱えていた。
「ほら、君の友達だ、なかよくしてやってくれよな。」
こわごわ健太の腕の中をのぞいたら、なにか柔らかそうなものがふにふに動いてる。
僕が干物の次に大好きなミルクの匂いがして、思わずぺろんって舐めようとしたら
健太がこわい顔して怒るんだ。
「だめだめ、これは俺のあかちゃんなんだから。」
あ・か・ちゃん?
それから健太はまたいつものように笑いながら
「なかよくしてくれよな、頼んだぜ。」
って僕の頭をぐりぐり撫でた。