「お客さん・・・・・お客さん。」
係員の男の声で気が付くと、カイトはティアの陳列ケースの前に倒れていた。
「そろそろ閉館なんですがね。いい夢見ましたか?」
男は意味ありげに笑った。
「500ルーク払っても惜しくない人形でしょ?どんな夢を見たかは知らないが・・・」
「ああ、いい夢だった。」
「ティアは普通の人形じゃない。人形師イバ・リュウセイなんてこの世に存在しないのさ。」
「じゃ誰が作ったんだ。」
「俺さ。」
男は片目をつぶって小声でささやいた。
「あんたがティアの作者?」
「将来を嘱望されていた若い人形師が、事故で片手を失った。もう二度と人形は作れない。
事故に遭う前に作った最後の作品が、「ティア」。人形を作ることだけに賭けてきた人形師の
心が、ティアを人の心まで写す人形に仕上げたのさ。」
「ほんとか?ほんとにあんたがティアを作ったのか。」
「ふふ・・・・・嘘だよ。それも夢さ。」
そう言って男は硝子越しにティアを見上げた。愛おしげに。
「人形館はもう閉鎖だよ。」
「なんだって!?」
「オーナーに言われた。今日で閉館だ。ここは来週にも取り壊されて、イベント広場になるらしい。
明日にも人形は業者に引き取られるだろうな」
「ティアはっ、ティアはどうなるんだ。」
「他の人形と一緒に引き取られるんだろうな。」
「俺が買う。誰に交渉すればいいんだ?他の誰かの手に渡すくらいなら、俺が・・・」
「バカな・・・・・いったいいくらすると思ってるんだ。家が二軒買える金額だぞ。」
そう言うと男は唇を噛んだ。
「さ、もう閉館だ。永遠にな。」
男に促され、カイトはよろよろと立ち上がり、部屋を後にした。



翌日、人形館は入り口に掲げてあった大きなインフォメーションボードが取り外され、
外には展示してあった人形たちを入れた箱がいくつも積み上げられていた。
カイトは仕事を休んで、人形が運び出される様子を見守っていた。
人形を入れた箱は次々と作業員によってトラックのコンテナの中に運び込まれていく。
その箱のひとつに目を留めた。
等身大の箱のわずかなすき間から、ラベンダーの髪の一房がのぞいていた。
「あれは・・・・・ティア。」
間違いなくティアの髪。
「ティア!」
しかしいらえはない。
「ティア・・・・返事してくれ、ティア。」
いままさにコンテナへと運び込まれようとする箱に向かって、カイトは呼びかけた。
「ティア、もう一度だけ声を聞かせてくれ。」

     蒼い 宇宙の 果ての 果てに
     置いてきた 僕の  心
「ああ・・・聞こえる」

     羽を 無くして もう 取りに 戻れない
「聞こえるよ、君の声が聞こえる。」

     カイト、忘れないでね わたしを 忘れないで・・・・・

聞こえた気がした。もしかしたら空耳だったかも知れない。
ティアはカイトの心を写し込んだまま、見知らぬどこかへ行ってしまった。

あの時・・・・・・・とカイトは考える。
思い出に封印してしまっていたら、その方が自分は幸せだっただろうと。
戻れない思い出にしがみついているよりは、すべて無かったことにして妻と子と生きた方が
まっとうに暮らせたろうと。
それでも手放せなかったもの・・・・・そしてティア。
がらんどうになった人形館の暗い空間をのぞき込んで、なにもなくなったのを確認した後、
カイトはしっかりとした足取りで歩き出した。


あとがき