・・・・・蒼い宇宙(そら)の果ての果てに
・・・・・置き忘れた僕の心
・・・・・羽を無くしてもうとりに戻れない

ティアが歌うように何度も繰り返す。カイトは硝子に背中をもたせかけ、ティアの声を子守歌に
放心していた。
なにも考えたくない、なにも思いたくない。
逃避と呼ぶならそれでもいい。いまはなにも考えずに、無になって、ティアの声を聞いていたい・・・

「置き忘れた心は  とりに行けばいい。」

「ティア?  ティア、いまなんて・・・?」
「心はとりに行けばいいのよ、カイト」
思わず振り返ると、そこには伏せていたはずの目をしっかりとカイトに向け、微笑むティアの
姿があった。
「ティア」
初めて見たティアの瞳、その髪と同じ色した、深いラベンダーの。
それは命を感じさせる温かい色味を帯びて、生き生きと輝いていた。
「羽は無くなっても、とりに行く方法なんてあるよ。」
ティアがその細いかいなをふわりとあげて、右のてのひらをカイトに向けた。カイトはその手に
吸い付けられるように、自分の右でを合わせた。
硝子越しのはずなのに、確かに彼はティアのぬくもりを感じた。
紛れもない、ティアのぬくもりを。
次の瞬間、カイトは遠く漆黒の宇宙空間にいた。

ああ・・・・プレアデス ・暗黒星雲の渦・アンタレス・天上の宝石アルビレオ
ステラ・ミラ・アンドロメダ大星雲・ペルセウス座・アルデバラン
カノープス・大マゼラン雲、そしてあれはアリアドネ。
ラベンダー色に輝く星の渦、ティアの瞳の色だ。
そうだ、ここに俺は心を置いて来たんだ。ここに来ればいつも自分の心を取り戻せる。
子供のように無垢な。

「ティア、ここだよ、ここが俺の帰りたかった場所だ・・・・・・」
「ここが、カイトの場所」
漆黒の闇を透かして、カイトのかたわらにはティアが、生身の人間そのもののティアが
寄り添っている。
「これは君が見せてくれている夢か・・・・・・?」
ティアはうっすらと微笑んだままカイトの腕に自分の腕を絡ませた。
ティアの体温が伝わってくる。
「温かい、君は人間だったのか?」
「いいえ、ティアは人形、あなたの心を写す、人形」
「俺の?」
「わたしは、心から話しかける相手の言葉を学び、会話する人形。人形館が出来た頃は、みんな
わたしに話しかけた。たくさんの言葉を覚えた。でもだんだん誰も来なくなって、誰も話しかけて
くれなくなって、わたしは言葉を忘れて行った」
ティアの髪が宇宙空間にふわふわと舞う。それを掴もうとカイトは手を伸ばしたが、掴んだと思うと
指の間からすり抜けてしまう。
「カイトはわたしにまた言葉を教えてくれた。」
「そのお礼に、俺をここへ?」
「たくさんの人の声を聞いているうちに、相手の心を写すことも覚えた。この宇宙はわたしの中に
写ったカイトの心。カイトが一番大切にしている思い出。カイトが一番望んでいる風景。」
「ああ・・・・・ティア・・・・」
押さえきれない愛おしさと感謝を込めて、カイトはティアの細い体を抱きしめた。
「ここで君と、ずっと永遠に漂っていたい。この空間で宇宙の塵になって・・・・・」
「それは、できないの。」
カイトの腕の中で、ティアは寂しげにつぶやいた。
「ここは、夢だから。夢は必ず醒めるもの・・・・・」
夢   夢    そうか、ここはティアが読みとった俺の心か・・・・・幻か・・・・・
手が届きそうなくらい近くに見える星々も、彗星も、雲も、ぜんぶ。
「さぁ、カイト、選ばなくてはいけない。」
「なにを?」
「この風景を深く心の奥底に封印してしまうか、それともこのままあなたの心に残しておくか。」
「残したておいたら・・・・?」
「いつでも思い出せる代わりに、失った痛みは一生抱えて生きなくてはならない。」
「封印してしまったらどうなる?」
「もう二度と、あなたは宇宙を思い出さない。懐古することもなければ、後悔することもない。
新しい時間だけを見て歩くことができる。」
「はは・・・・どっちもつらいね。」
カイトは虚しく笑った。
「俺は痛みを抱えて生きていく方を選ぶよ。ティア、あの美しい思い出を忘れ去ってしまうくらいなら、
失った痛みを感じながら生きた方がましだ。」
「わかったわ。」
ティアはにっこり笑った。カイトがそう答えるのもわかっていたかのように。
と同時に、周囲を取り巻いていた漆黒の空間も星雲も惑星もみな、渦を巻いてカイトの体の中に
吸い込まれて行った。そしてカイトは意識を失った。