鎌倉の頼朝から、鎌倉に来るようにとの書状が届いたのは
翌日のことだった。
鎌倉に出頭することは死を意味する。
斬首の時が来たのだ。
狩野介は出立前夜、重衡に酒をすすめた。
「どうぞ今宵は心おきなく。」
「宗光殿、数々のご厚意かたじけない、なにほどの礼も
できず出立するのは心苦しいが。」
「なにを仰せられます。」
蝋燭の灯がゆらりと揺れた。
部屋の戸がしずやかに開いて、薄紫の単衣をまとった女が
入ってきた。
「そなたは?」
「明日は重衡さまご出立と伺い、今様(いまよう)を一節
お聞かせしたいと。」
その声には聞き覚えがあった。
「宗光殿、申し訳ないが、しばし席をはずしてくれまいか。」
「はぁ、それはかまいませぬが。」
怪訝な面もちでそれでも宗光は何も聞かずに部屋を出ていった。
「千手丸だな?」
化粧をし、目も綾なる衣装をまとってはいるが、まぎれもなく
千手丸であった。
しかし盗賊の姿とは別人とも思えるほど、目の前の
女人は美しくたおやかだった。
「今様を歌とうてくれ。」
「かしこまってございます。」
ほの暗い蝋燭の明かりの中で、千手は歌い始めた。
君が愛せし 綾葦笠
落ちにけり 落ちにけり
賀茂川に 川中に
それを求むと 尋ぬとせしほどに
明けにけり 明けにけり
さらさらさやけの秋の夜は
美しいやさしい調べに、重衡は聞き入った。
「どこで習ろうた。」
「白拍子をしていたころに。」
「白拍子がなにゆえ木暮山の盗賊に身をやつしたのだ。」
「12の時に宿の女主を殺した。文句ばかり言うて上前だけは
きっちりとはねるごうつく婆だったから。」
「それだけが理由か?」
「人を殺るのに理由などいるか。あるとしたら、それは
生きるためだ。」
千手はつと、重衡の側に座りその杯に酒を注いだ。
「出奔の後、私は行きずりの旅人の命と金品を
奪って生きながらえてきた。木暮山に流れつき
その辺一帯を根城にする盗賊紗那王(しゃなおう)に
囚われて妾になった。2年前、紗那王が死んでからは
髪を切り、女子を捨て、盗賊千手丸となった。」
「男のなりは紗那王に対する操だてであったか。」
「馬鹿な!」
千手は喉の奥でくくと笑った。
「紗那王が病死せずば、いずれ私がこの手で息の根を
止めていたろうさ。」
「憎んでいたのか?紗那王を。」
「反吐が出るほど。」
「それなら何故、男を装う?」
「女子でいることに愛想がつきた。女子がほとほと嫌になった。」
そう言って、空いた杯に酒をつぐと、一息に飲み干した。
「女子を捨てたはずの私が、何故いまさらこのようななりで
ここに来たかわかるか?」
「別れをいいに来てくれたか?」
「命を助けてもろうた礼に来た。」
「そなたの今様を聞き、心が落ち着いたぞ。」
「私の言うている意味がわからぬようだな。」
千手は重衡の手を取り、頬に手を当てた。
「惚れてかなわなかった女の代わりになってやる。」
「本心か?」
「本心じゃ。」
千手の手が重衡の首にまとわりつく。
「はよう・・・・はよう私を寝所に連れて行け。」
今度は重衡の腕が千手の背中に回り、以前傷を負った
千手を助けたときのように、軽々と抱き上げた。
