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「周防(すおう)、様子はどうだ。」
重衡は13になったばかりの小柄な小姓の横に腰をすえた。
「かなりの深手でございました、意識はまだ・・・・・。」
「世話をかけるな、周防。」
「なにを仰せられます。それより殿・・・・・・」
周防は声をひそめて言った。
「この者は女子(おなご)にござりまするよ。」
「それはまことか?」
「なりは男の風体をしておりますが、紛れもなく・・・・」
「そうか、周防。このことは内密にな。」
「御意」
それからほどなくして、その者は汗で濡れた顔をわずかに
動かして大きく深呼吸した。
それから、2,3度低く唸った後、うっすらと目を開いた。
「私は・・・・・どうしたんだ・・・・・」
「ここは狩野介殿のお館でござる。」
周防のいらえに、その者は異様に鋭い視線を重衡に向けた。
「狩野・・・・・・お前が?」
「私は狩野介殿ではない。そなた名は?」
「千手丸(せんじゅまる)」
「傷は見たところ刀傷のようだが。」
すると千手丸は苦しげに寝返りをうった。
「私は木暮山の千手丸。」
「盗賊か?」
「稼ぎをしくじり、このざまだ。」
「なにか望みはないか。」
「・・・・・・命の恩人の名が知りたい。」
「平重衡。」
「囚われ人・・・・・・か。」
そうつぶやくと、千手丸は再び目を閉じた。
ほの白い光が、血の臭いのする若者の顔を皓々と照らしていた。
周防は主の連れてきた得体の知れぬ者の横顔を、随分長い間
見つめていた。この館に運ばれてきた時には気づかなかったが
若者は予想よりずっと若い。
20か、もしくはそれ以前。
なんの因果で若い身を、男の、それも盗賊にやつしているのか。
拭いても拭いても、じっとりと滲んでくる千手丸の額の汗を
周防はそのつど丁寧にぬぐった。
寂々とした夜の月はさやけく人の心をひきつける。
周防も几帳の隙間から、藍色の空に浮かんだ蒼い月を
飽くことなく眺めていた。
千手丸の汗を拭こうと視線を戻した周防は、一瞬息を呑んだ。
眠りから覚めた千手丸が、周防を凝視していたのだ。
その瞳は獣のようにぎらぎらと光る。
「お前は誰だ。」
「周防、重衡さまの小姓じゃ。」
千手丸はひどくつらそうに、体を動かそうとしていた。
「狩野介の館に平家の若武者が囚われていると話には
聞いていた。小姓、お前の主はいつ首をはねられる?」
「なにをー言う!」
「罪人が斬首されるのは当たり前のこと。」
「そなた、誰に助けてもろうたと思うている。!」
「見殺しにすることもできた・・・・」
千手丸はにやりと笑った。
「ほんにお前の主は物好きだ。おかげで私は地獄に堕ちるのを
免れた。」
(殿はそういうお方なのだ。)
周防はわき起こる怒りを押さえながら思った。
(こんな下衆者をも見殺しにできぬ、殿はそういうお方なのだ・・・・)