その2

約束の時間までまだ30分以上あった。
外回りをやっていた俺は、会社にその日1日得意先まわりをすると言って、10時には会社を出た。
はやる気持ちを押さえて、待ち合わせの場所に向かう。
さすがに地元で会うのはまずかろうと言うので、会社から電車で二駅行った先の
駅前のデパート前を待ち合わせ場所に選んだ。
お昼近くの駅前は、それでも結構人通りがある。小さい子供を連れた若い主婦たちや、フリーターっぽい
若者たちが行きかう中、この中から紫苑を見つけ出すことができるのかと、不安になりはじめた。
彼女はいまどきにはめずらしく携帯を持っていなかった。
『クリーム色のワンピースを着ています。髪は肩につくくらい、ライトブラウンで軽くウェーブかけてます。』
メールにはそう書いてあった。
(いったいどんな女なんだろう・・・・・)
グラビアの読者モデルの経験もあるくらいだから、そうそう悪くはないはずだ。
前に自分は箱入り娘だったというようなことを書いてきたのを覚えている。
親が非常に厳しくて、学生時代はボーイフレンドを作ることもできなかったと。
ということは、おっとりしたお嬢さんタイプか?
そんな勝手な想像で時間をつぶしていたその時
「あの・・・・・ケイさんですか?」
背後から声がした
紫苑だった。

どこにでもいるようなタイプの女、そんな形容しか思いつかなかった。
ねむたげにも見える一重の目と薄い唇が、彼女の印象を希薄なものにしていた。
目の前でうっすらと笑うこの女が、会社で複数の男から言い寄られていて、モデルも経験しているとは
ちょっと想像がつかない。
「はじめまして。ケイです。」
俺はぎこちなく挨拶した。
「はじめまして・・・・」
聞き取れないほどの小声で彼女が言った。
こわごわとした様子で俺を見る紫苑。
明るめにカラーリングした肩までの髪。
ピンク系の口紅。
年齢は27といっていたけど、もう少し老けて見えるかもしれない。
紫苑というインパクトのある名前がおよそ似つかわしくないようなどこにでもいる普通の女だ。
こんな普通の女でも、出会い系サイトに書き込みするのか・・・・
そんな思いが唐突にわいてきた。
紫苑がごく普通の独身女性だったことが、逆に俺の気持ちを軽くした気がする。
(そうさ、こんなことなにも特別なことじゃない。誰だってやってることさ)

「お腹すきましたよね、食事しに行きましょうか」
紫苑はやっとうっすら笑った。
ランチのできる店を探すために、並んで歩く。営業用の濃紺のスーツ姿の俺と、
花柄ワンピースの取り合わせは
見る人が見たらいかにもいわくありげに見えたに違いない。
「すぐわかりましたか?僕のこと」
「ええ、すぐにわかったわ。ずっと頭の中で想像してたから。」
「へぇ、そうなの?どうだった?想像とおり?それとも・・・・」
「想像してたとおりの人だった。あんまり想像通りだったから、びっくりしたくらい。」
そんな会話をしながら、通りを歩く。
「どんな想像してたのかなぁ〜聞くのが怖いな。」
小さなイタリアンレストランに入り、ランチメニューを注文した。
向かい合わせで座る。なにげない会話で緊張がほぐれたのか、紫苑の顔からも、笑顔が頻繁に
こぼれるようになった。
(そう悪くもない) そう思った。
決して美人じゃないが、その普通っぽいところがいい。
それから食事しながら、小一時間ほどとりとめのない話をした。
趣味の話、子供の頃の話、出会い系に書き込みしてから、びっくりするほどたくさんのメールが届いて
困惑した話。
「そんなにたくさんの中から、僕に返事をくれた理由ってなに?」
「理由・・・・なんだろう、わからないわ。」
「誰でもよかった?」
「いじわるね。」
紫苑は上目遣いで俺をにらみつけてから、クックッと笑った。
「さ、そろそろ出よう。もうこんな時間だ、そろそろ戻らないとね。」
「戻るって?」
「そろそろランチタイムも終わるでしょ?君も会社に戻らないといけないんじゃない?今日は会えてよかった。
また今度デートしてください。」
テーブルの上のレシートを握り、席をたった。
「帰るの?このまま、帰るの?」
訴えかけるように俺を見上げる紫苑。正直面食らった。
そりゃ確かにそう悪くもないとは思った。このままメールを続けていって、そこそこ気心が知れたら
その先もありかとそんな下心もあった。
でも俺だって初めて会ったその日にどうこうなんて意識はなかった。
「このまま・・・・・・・・・・・・・帰るのいや。」
紫苑が消え入るような声でつぶやいた。その声は、いままで会話していた紫苑の声とはまるで違う。
その声そのものが別の生き物みたいに、俺の洋服の下まで入り込んできて、その長い舌で
チロチロとなめ回す。
「ね・・・・行こう。」
地味で平凡そうな彼女の顔が、その瞬間なにかとてつもなく淫靡なものに変化して、
俺は魔法にかかかったみたいに、思考能力が麻痺してしまった。
「ねぇ・・・・行こうよ。」
眠たげな紫苑の細い目が、ねっとりと俺の全身にからみついた。



昼下がりの密室が、こんなに自分の淫靡な部分を刺激するものだとは、思いもしなかった。
紫苑にうながされるまま、無言で店を出て その足で通りがかりのホテルにそそくさと入る。
部屋に入るなり紫苑はいきなり俺の体に両腕をからませてきた。きつめの香水とかすかに体臭の交じった匂い。
もう既に理性は麻痺していた。目の前のこの白くて柔らかそうな女の体を、めちゃくちゃにしたい。
少し手荒に女の衣服を剥ぐ。彼女もそれに合わせて身にまとっていたものをするすると脱ぎ捨てていく。
お互いなにも言わず、なにも言う間をあたえず、そのまま全裸でベッドに倒れ込んだ。