
ようこそ、ワーゲンワールドの世界へ!
私事、自称「ワーゲン」と申します。どうして、ワ−ゲンかって?ハ〜イ!ハ〜イ!それは、このホームページの『ワーゲンビートル』にも詳しく書いてますが、実は1980年5月から2000年10月まで空冷のフォルクスワ−ゲンビートルを乗ってまして、そしてニュービートルへ。それ以来、そのまんまペンネームとして使っていたということで・・・(笑)すんまへ〜ん!
それとよう聞かれるのが、「どうして、そんなに早く辞めたん?」と。「うーん、まあー、そりゃー、一言で言うたら『日の丸・君が代』が学校へ強制されてきたけーなー。わしゃー、そんなの肌に合わんのよー」と。
「日の丸」が国旗、「君が代」が国歌と法制化されて10年は経過したのかな。だからと言って祝日とされている日に「日の丸」を家に挙げているところがどのくらいあると思う?挙げているところもあれば、挙げてないところもある。そうなんよ。強制はできのよ!『内心・思想の自由』ってもんは法では縛られんのよ!学校だから許されるの・・・。
で、現在、58歳。定年まで10年を残し、不退転の思いで職を辞し、あくまでもワーゲン流の生き様を通すことが生業だと思い、今に至ってますわ。その当時の思いをつぎのように記してます。
ワン〜(-仝-)〜ワン!「早期退職って・・・」<Mar. 31, 2003>昨年2002年10月某日、職朝後、校長室へ行き、「本年度限りで職を辞したいので来年度の人事構想には外していただきたい。」と申し出て以来、今日退職者への辞令交付式を迎えた。正直、「参加すべきか、どうか」を考え倦んでいた。結果として参加するに至ったが、すんなりと、すっきりとした気持ちの良いものではなかった! 確かに、自らの意志で「勇気と決断」をもって「より自分・人間らしく、自らの内心の自由を守るためにこれ以上、学校教育に身を置くことはできない。許されない。」とその不条理と自己矛盾にずっと苛まれ、倦んでいた。わがままと言われれば、わがままではあるが連れ添いにも相談することなく、「辞す」という結論だけを言い続けてきた。しかし、連れ添い、子どもたちを含む家族を犠牲にしてまで自らの本心を貫き通すことのしんどさは図り知れないものがあった。 所謂、60定年を余すこれからの10年間への生活していく展望のないまま今日の日を迎えてしまった現実に対して本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。連れ添いの被扶養者として身を置くことへの情けなさは言うに及ばず、これから連れ添いにどれだけ精神的、肉体的、経済的負担を荷かせなければならないを考えてしまうと本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである! 1月三学期を迎え、「辞職届け」などの書類を書き、また2月17日の「退職者説明会」への参加など日増しに「辞職」という二文字が次第に重くのしかかり、逃げ場のない状況にありつつのも事実であった。そうしたやり場のない思いを年休権の行使で、また大好きな石原裕次郎の「わが人生に悔いなし」という歌唱を毎晩毎晩聞き、口ずさんでまぎらしていた。酒量も増していたかも・・・。 そんな時、地区支部の書記長から5月1日付「部落解放ひろしま」への原稿以来があり、一度は断った。「辞す者が語り、記すものはない。余りに無責任。」と。しかし、自らのこの28年間の歩みを、轍を振り返ることも大切なことではないかと考え、承諾し、『こだわり、そして抗い』と完成。今、思えば本当に良い機会を与えていただいたことに感謝している。 さて、授業も次第に少なくなってきた頃、そっと黙って去るべきか、それとも三年生にだけは自らの28年間の教職員生活で学び、その生きざまだけは語っておかなければという苦渋の毎日、毎日が続いていた。が、結果として語らせていただいた。涙が自然と出てしまった。最後まで出てしまった。確かに涙腺が弱くなってきていたのも事実?でも、連れ添いにだけは見せてはならないという思いで、なんとなくごまかしてきた。しかし、気がついていたかもしれない・・・???本当に辛い毎日であった。「先生、格好良かったよ。」と普段授業には乗ってこない女子生徒からの励ましの言葉もあったが・・・。生徒たちにとってなぜこのワーゲンが涙を出してまで語る必要があるのかと思ってたかも・・・??? 3月12日、卒業式前日、「副担任もぜひ最後の学活に来てほしい。」という言葉をもらっていたが、「もう語ることはない。」と強く断っていた。しかし、当日を迎え、担任Iさんの強い要請?を受け学級に向かった。担任Iさんから一言お願いしたいとのことで今度は涙を押さえることが精一杯でなんとか言葉荒気に語ることができた。が、その後、突然、担任Iが「I先生は君たちの卒業とともに、教員をやめられる・・・」と。唖然!私は受付もあり、その場を去らせていただいた。 式後、感動を押さえきれず、給湯室で独りタバコをくやしていたところへ担任Iさんがやってきた。「先生、申し訳ない。子どもたちには直接言わなければわからないと思い、言わせてもらいました。」と。感謝の涙が・・・。思えば、私が同担の時、いろんなことを共有しあった彼も人の心を読み取れるまでに成長したものと...。本当にありがとう! 今も「わが人生に悔いなし」を聞きながら・・・、とうとう4月1日という時を迎えた。今日からただのおっさん。民間人。Fさんより頂いた「負けるんじゃないんです。それもひとつの方法なんです」という壁紙(色紙)の言葉を座右の銘にし、「自分の人生は自分で決めたのだから・・・」と悔いすることなく、自分らしくこれからの人生を歩んでいきたい! 出会ったすべての子どもたち、仲間に心より感謝申しあげます。本当にありがとう!
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2003年3月31日をもって定年退職10年を残し、教職員生活28年間に終止符を打つことになった。この間、多くの子どもたちとの出会い、多くの仲間に出会った。出会った全ての子どもたち、仲間に心より感謝申しあげます。
ワン〜(-仝-)〜ワン!「離任の辞」<Apr. 15, 2003>
今日は離任式ということで大切な時間をとっていただいきとても感謝していま す。でも、この離任式に参加できず、みなさんにお会いできなくてたいへん申し わけなく思っています。
みなさん、覚えておられますか。今、スマートという車に乗ってますが、その
思えば、大学卒業後、初めての勤め先がA中でした。そこで13年間。そして
今回、50歳という節目の年に自分の信念とわがままを貫き通し、もっと自分
さて、長々となりましたが、ここC中を最後に教職の身から去ることをとても
でも、人を傷つけ、物を壊し、自分をいたぶるなどたくさんありましたが、そ
そして今、みなさんは2年生、3年生へと進級しました。C中の主人公です。
最後になりますが、本当にありがとうございました。ご家族のみなさんにもよ |
最近、興味関心を持ち始めていることと言えば、『アロマセラピー』。特に、トリートメントかな。(笑)大体がマッサージにしても整体にしても根っから大好き。高校時代、陸上競技から重量挙げに転向し、おかげで腰痛に。(涙)それ以来、腰痛とはお友達になり、ギックリ腰も数々。だから痛くなれば整体へ行くし、日頃の身体のメインテナンスにもマッサージをよくやってもらっていた。
で、アロマオイルによるトリートメントもどんなものかとずっと思っていて、一昨年、その機会を得る事ができ、その最高の至福の癒しにとりつかれてしまったというわけ。
そして、ワーゲンもその術を学んで連れ合いに施してやりたいなーと思うようになった。その時の思いをつぎのように記している。
ワン〜(-仝-)〜ワン!「アロマトリートメントを習ってきましたでー!」<July. 28, 2008>
なぜ、56歳にもなって、そんなことをするの?と言われても不思議じゃーなかろうねー。まあー、大方がそう思うでしょうねー。(笑) 実言いますと、東京で今年になって「メンズアロマエステ」を二回程、物見草に受けてみたんですわ。2時間近くね。もう最高の一言。最高の至福の一時だったですよ!サウナでも舎弟たちと行けば、最後はマッサージでしめくくり。いつも頭から首、肩、背中、腰、足とこってますもんで、マッサージは大好き。(笑) で、このワーゲン、いたって単純細胞なもんでねー。なんとか自分も技を身につけ、29年間連れ添っている妻にしてやることはできないものかと、悶々と考えていたんです。 なぜ、妻に?と思われるかもしれませんが、このワーゲンのホームページを見られた方なら即、理解していただけると思いますが・・・。まあー、一言で「申し訳ない」って思いが、ずっとあるんですよねー。教職の身を引いて、もう6年目。男50にして決断したわけです。その思いはホームページの『1、辞職を決意』、『2、離任式でのメッセージ』へ。なもんで、一生懸命、勤め、多くのストレスを抱いているであろう妻の心身を癒してやるには、このアロマエステが最高のお返しだろうと判断。 大体が女性対象の職業柄、男にエステを教えてくれる学校があるわけがないと、ネット検索をしたところ、『日本メンズセラピストアカデミー』に行き着いたわけ。まあー、その間、自称・教え子にもいろいろとアドバイスをもらいながらやってきたのも事実。現役のエステシャンですからねー。そのノウハウについても長けているので、「教えてあげますよ。」というような話もあったんですが・・・。まあー、いろいろとありがとうね。これからもよろしく! そして、アカデミーへ電話連絡をし、またメールのやりとりをしながら、入学手続きをも完了し、ついにその日を迎えた。胸わくわくしながらお二人の先生と対面。少々、緊張もしてましたでー。根が正直な者ですけーねー。(笑)お二人とも魅力あるエステシャン。余計に緊張しますわねー。 最初に、『シンクロナイズドトリートメント』がどのようなものかを体験してもらうためにということで、このワーゲンがその施術を受けた。二人で身体半分をお互いに気を、心を合わせて一人でやっているが如きの施術で、いつの間にやら歴史が途絶えていた感じ。それだけに気持ち良かったということでしょうねー。(笑)そして、まずは、そのトリートメントの一部を教えてもらうことになった。 が、女性の身体を触るのは長年、連れ添った妻しか知らないワーゲンですけーねー。またまた緊張の連続。身体が、腕が、手首がカチカチ。(笑)「ハーイ、お手をブラブラー。力を抜いて!」と、よく言われました。が、なかなか・・・。1日、4時間の講習ですが、時の流れを忘れ、集中しておるもんですぐ経ってしまった感じ。2日目からは一人でトリートメントをしていく施術をやっていくということで、1日目はなんとか、無事終了。解放される喜びを感じながら・・・。ため息の一つや二つは出たかもねー。(笑) 宿泊先のホテルでは一応、その日に習ったことをイメージトレーニングしたり、枕を使って、自分の足を使って復習したりはしましたが、やっぱ、忘れていることの方が多く、自暴自棄に陥ったことも多々ありましたわー。集中しているわりには記憶がついていってないんよねー。年、とし・・・。わりと他から受け入れるキャパシティが小さいのだ・・・。 そして、2日目から本格的な実技が始まった。うーん、やっぱし、人それぞれ身体のパーツが違うってことがわかったねー。触ってみて、実感。特に、ワーゲンの妻は148センチ。小さすぎて、ほんまやりにくいっ!でも、そこは『愛』でカバーしてます。おっとと・・・。(笑) 物を扱ってはない!人の身体。やさしく、ゆっくり、つつむように!呼吸にあわせて!うーん、身体がカチコチ。手首がかたーいっ!はーい、深呼吸、手のひらをぶーらぶら・・・。施術する側の気持ちが、たいへんさが少しずつわかりだしたような・・・???うーん、奥が深いのー。 でも、「少しずつ指の扱いが、身体つきがよくなってきてるよ。」と言われた時には、内心、嬉しかったねー。うーん、人間って、いくつになっても褒めてもらうと気持ちがいいものだ!そして、また、やる気もさらに生まれてくる。まあー、そりゃー、教育の基本ってものだ! そして、最終日。時が経つのは早いものだ。前日の復習を中心にすることになったが、その順番、やり方はさっぱり。出来の悪いこのワーゲンをなんとか修了させてあげたいという熱意が伝わってくるが・・・、なかなか思うようにはならないっ!ワーゲンとて内心、イライラ、自暴自棄に。でも、なんとか身につけて、妻に恩返しをしたいという思いが、熱意がここまで、なんとか修了するところまでたどり着いたものと、お二人の先生方には本当に感謝申しあげたい! 最後は「よくがんばった。」ということで先生から施術を受ける。施術のやり方を思い浮かべながら・・・、とても気持ち良かった。『修了書』を手にした時には、ほんま嬉しかった!よう我慢したなーって。ようがんばったなーって。(笑)そして、ホホバ油、ラベンダー、レモン、ゼラニウムの精油を選んでもらいゲット。けっこうするもんですねー。まあー、今回はワーゲンが買うにしても、これからは連れ合いが買い求めさせるようにしようっと。(苦笑) いや、ほんと、ド素人のワーゲンをここまで導いていただき、Thank you so much!握手をしっかりとしてSee you!ちょっとばかり、こみ上げてくるものを感じたねー。よっしゃー、やったるでー!ありがとうございました!
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パソコンも相変わらず、Appleをこよなく使い続けてます。メインは2005年の3月に購入した『iBook G4』。充電池が完全に充電不能状態ですが、まだまだ現役としてもがんばってもらわなくては・・・。(笑)もちろんiPhoneとの同期もOK。これが最後の機種かな?(笑)便座型のiBookとPB2400は起動させるという楽しみを味わうマシン・・・・。(笑)でも、ニューマシンをゲットしたいのも事実。我慢、我慢・・・。
そうそう、せっかくじゃけー、iPhoneも言っとかんといけんねー。まあー、購入したばかりのiPhoneにはげっそり。(泣)現在、3GSの新機種も出ており、OSも3.1.2までアップされ、使える ようにはなった。その時の思いをつぎのように記している。
ワン〜(-仝-)〜ワン!「iPhone G3」<July. 31, 2008>
でも、ショップからの連絡を受け、心驚かせながらマイカーを運転。5分もかからぬところ。おー、これで、やっと。そりゃー、そうでしょう。これまでドコモ携帯を数十年間愛用してきたが、Appleが携帯電話パソコン『iPhone』を昨年、販売し、いつ日本で販売されるのか、どこのメーカーが発売するのか、ドコモという情報もあったが、結局はソフトバンク。 一応、機種変更ということで携帯番号は変えないつもりではあったが、その当日、家族割引としてその主が変わる場合、その本人も同伴ということを知り、あまりにめんどいのでまた、一日購入が延びるのも・・・ということで新規購入と相成り! 一応、携帯番号とメールアドレスをゲットし、自らの手元に入るまでが約2時間ぐらいかかってたであろうか・・・。それが使えるには自宅にてiTunesに接続する必要があるということでかなりの時間の浪費。あー、めんどくさー! で、初期メールアドレスではヤン臭いので、希望のアドレスに変更。ところが、これまためんどーい!で、また、ショップへ。そして、いろいろとアドバイスを得ながら、なんとかゲット! あー、今日一日つかれたー!これが本音。(笑) 携帯が繋がり、メールを配信、ゲットでき、まあー、なんとか無事一日が終了。AppleのMacをこよなく、一途にこだわり続け、愛用している者にとって、このiPhone G3は願ってもない最高の携帯マシンなのである。確かに、総合的には日本製品が優れてはいるとは思うが、余りにも精神年齢が低すぎると言われても過言でない! メールに絵文字、顔文字がごてごて。やりすぎ!メール着信がない!これも考えようだ。メールそのものの利便性を考えた時、その即効性は必要はない!取り急ぎ必要なら、電話でするのが当然。だろうが・・・。 まあー、そういうことで、その使用感は・・・。 ○ やっぱ、「メールが届いたよ。」ということを確認し、メールをゲットするにはめんどいね。当然、ゲットした時には着信音で知らせてくれます。が、その都度、その都度スリープ状態から電源を入れるのは、めんどいねー。 ○ メール作成時、入力文字の速さがだんだんと遅くなり、最後は、突然にシャットダウン。辛抱して作ったそのメールは宇宙彼方へ。なーんにも残ってません。腹立って、アイホンをぶち投げてやろうと思ったこと数回。 で、学習の結果、遅くなって、ヤバくなったなーと感じたら一度、メールをセーブし、電源を切り、再度電源を入れることがベターかな。これもMacを使い知っていたらこその隠れ技かな。(笑) インターネット中にも何度か、落ちましたねー。 ○ 文字変換効率はいいですねー。それに、キーボードタッチでの英数字入力は便利だ!ただ、小さいので入力ミスはどうしようもないねー。 ○ 一度、初期化、出荷時状態にし、データ復元を試みましたが、結果は同じ。システムのバージョンアップを望みたいねー。 つまり、iTunesへの同期によりデータをバックアップし、復元をするという手法はなかなかシャレていると思うなー。いや、ほんと。だから、ソフトバンクでのメール保存が30日を超えると無くなるので、『Mail』へソフトバンクでのメールを設定し、同期にすることにより、メールを保存していくという手法もなかなかのもの。 だから、ある程度パソコンが使えないと、このアイホンの大人としての醍醐味が伝わらないような気がするね。 ○ 意外や意外。電池の消耗が早いわねー。インターネット、ipod、GPSなんかを使ってると、もう早い、早い。この電池が逝かれたら、電池だけを交換するわけにはいかない。本体そのものと交換ってことに。だから、データのバックアップはある程度、マメにやっておくことが必要かな。 ○ アップルをこよなく愛すものにとっては最高の携帯パソコンかな。CyberdogやPB190csを使っていた頃を思い出すが、まあー、よく泣かされたねー。熱に弱く、カーソルの飛びしゃくり、液晶画面のヒンジが壊れたり、システムがよう固まったりと・・・いろいろとありましたが、でも、だからこそ余計に愛着がわくってもんなんよねー。(笑) まあー、何につけMacはマック、されどマックってことかな。(笑) |
マックと言えば、ワーゲンの愛犬、柴犬の名前もマック。もう9歳になりました。今年の夏も蒸し暑かったせいか、食欲がなくなり、散歩するのもしんどそうにするし、もどすし、下痢もするもんで行きつけの動物病院へ。案の定、肝臓の数値が上がり、夏バテではないかと診断。今は食欲旺盛で、散歩する距離も通常で番犬もよ〜くしてくれてます。(感謝)
それとわせて、健康管理維持かな。辞める前に『歯の治療』をしておこうと思い、それ以来、今も定期的にケアをしに行っている。歯茎がやせ、歯槽膿漏になりかけ、歯が揺らいでいるのも悲しいかな現実。だから歯垢歯石をとったり、歯茎の溝をきれいにしたりすることも大切だと思い、まあー、続けられるまで続けてみようと考えている。
もちろん、自分でも歯磨きを食事ごとに10分間ぐらい念入りにやっている。こだわってます。(笑)「歯磨きはきちんとされてますねー」と言われれば嬉しいものだ!がんばろうって気にもなるよね。いくら大人と言えど、褒めてもらえればうれしいものだ!
もちろん、ウォーキングも毎朝やってます。今、50分位は歩いているかな。その後、愛犬マックと15分位散歩。その後に朝食と。実は中性脂肪とコレステロール値が標準以上あるもんで人間ドックではいつもひっかかっていました。それと尿酸値も。ここ最近、朝夕と薬物投与で標準値内におさまる時もあれば、ちょっと高めに。
タバコはきっちりと止めましたでねー。30数年続いていた、いや、40年間かな。(笑)思えば、そんなにキツいものでもなかったねー。実は2007年度の人間ドックの時、『厚生労働省がん臨床研究事業アスベスト関連疾患に関する健康調査』に協力すれば「胸部CT検査」は無料となるとのことで協力。検査結果は「軽度の肺気腫の疑いあり」と。でも、肺気腫がどんなものであるかはわからずタバコは吸っていた。で、どんなものかとインターネットでググってみると肺の毛細血管がだんだんと壊れ、呼吸困難に再生不能とあったもんでびっくり。それで7月の中頃あたりに『禁煙』を決意し、今も続けている!
そして、9月に2回目の検査。結果は「異常所見は認めません」と。あじゃっー、なんのこっちゃー!少々、憤ったが・・・まあー、良い事良い事・・・と沈着冷静に。連れ合いに「また吸ったろうかー」と大人げない言い草を。でも、かなりタバコの匂いに対する嫌悪感を持つようになってきてるもんで、このまま禁煙生活を送る事にしよう!(笑)
それと気になるのが赤血球数値、ヘモグロビン数値が標準以下で「貧血」傾向にあるとずっと言われているが・・・。一度は標準値内にもどったのになー。その徴候はあまり感じないのだけどねー。立ちくらみはするけど。(笑)
ワン〜(-仝-)〜ワン!「大腸もクリア・・・???」<Sep. 01, 2008>ということで、25日には『大腸内視鏡検査』を受けました。結果はオーライ。ただ軽度のいぼ痔とのこと。(笑) では、その奮闘記をおったのしみに・・・。 鎮痛剤、鎮静剤を使用するので自ら車を運転し来院することを禁じられていたので、連れ合いに送ってもらった。予定通り8時半、内視鏡室へ入り、いろいろと説明を受けた後、2リットル入りの「腸管洗浄剤」を飲むことに。(涙&汗)味はポカリ風? 1リットル飲んだあたりから下痢の再開。前の晩に下剤を飲み、朝から下痢状態。最初は便が出ていたが、3回目あたりからそれも出なくなり、洗浄剤とオシッコのみ。 1.5リットル当たりからペースダウン。ウオ…、ゲエー。(涙&汗) 出しては飲みの繰り返しでアヌスも限界に。ヒリヒリ…。2時間半かけ、なんとか飲み干し、2時間ほど休憩。1時間半ぐらいかな?数えてないが、10回近くトイレに。 もうヒリヒリ、チリチリ…。 しかし、二時間半はきつかー!「脳はなにかと言い訳する」を読んだり、院内をうろついたりと気分転換。ちょうど、舎弟が入院していたもんで見舞いがてらに何度か、話をしに行って気晴らしをした。思えば、これはグーだったねー。(笑)まだ、その舎弟は、はっきりとした原因がわからず、具体的な治療は行っていない。今日から二学期が始まったというのに・・・。まあー、しかし、後は医者に任せるしかない! 午後二時前、更衣。お尻丸出しかと思いきや、お尻穴空きバンツを着用。血圧の最高値は150に!不安と緊張の高鳴りは絶好調!ドキドキ… もう一度トイレへ。無色透明な液が真黄色に、そして淡い黄色に。腸内が洗浄されてた証し。 ついにベッドイン。(笑)鎮痛剤、鎮静剤が打たれ、ほろ酔い気分に。そしてアヌスへゼリーが塗られ、内視鏡が挿入。そこまでは記憶にあるが、後は痛みも感じなかったし、内視鏡の異物感もなく、ウツツ状態であっけなく終わった。 終わってみれば10分足らず。「異常なし」に安堵し、1時間半程度安静、娘たちに迎えにきてもらい、帰宅。 まるまる一日仕事。少々くたびれましたでー。(笑)でも、胃もよし、大腸もよしということになればどこが・・・???9日に血液検査に行くので、そこで医者としての判断がくだされるであろう・・・。 ということで胃の検査、大腸の検査を受けてみたが、「異常なし」と。主治医がかわったが、かわった先生も心配する事はなかろうと言われてるんで、まあー、安心かな? それと男の持病である『前立腺肥大症』。40半ばあたりから尿の切れが悪くなったり、残尿感があったり、パンツにしみたりと・・・まあー、すっきりしない状況が続いていた。ノコギリヤシを飲んだりはしていたけど・・・(笑) 実は、この『前立腺肥大症』にはこだわりを持っている。親父が苦労したからなー。
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ワン〜(-仝-)〜ワン!「検査入院」<Mar. 22, 2005>昨日、市民病院での応急処置をしてもらって5日目が経ったもんで、支払いも兼ねて診察してもらおうと行ってみると、「今日はオペの日だから診察はできない。」とのことで支払いを済ませて帰ることにした。途中、どうしようかと話をしながら共済病院へ立ち寄ってみた。が、残念なことに泌尿科がないとのことで、またまたどうしょうかと思案。明日にでも市民病院へ行くねーとのことで帰途していたが、せっかくじゃけー、昔、世話になっていた病院が近くにあるから寄ってみようということになった。 やっぱし立ち寄って正解であった。血が固まりつつあり、洗浄してもらうことで尿の出が良くなり、もう1日延ばしていたらまたまた救急搬送するところであった。そして、緊急入院の運びとなった。検査入院をし、その後は手術することがベストであるとの判断をされ、思いもよらぬ 状況となってしまった。 スコープで前立腺肥大の状況を見せてもらったが、通常の大きさは20グラム程度だそうで、親父のは120グラムから140グラムの大きさまで肥大しているようで、当然、膀胱を圧迫し、尿道を塞いでしまっているがために尿の出が悪くなってしまう。まあー、市民病院へ通院しながら検査するのもたいへんで、部屋が空き次第手術となればいつになるかわからないもんで、検査もたいへんだろうが、この際よう診てもらって事の処置をしてもらうことがベストだ! で、前立腺が癌におかされておれば摘出手術はできないので、その結果を待つ事になった。幸い、前立腺癌までいたっておらず、「もう前立腺の役目は終わったであろうし、必要性もなかろう。」ということで摘出手術。大きさは握りこぶしぐらいで、白ぽく、何か脂肪の塊って感じ。この時、初めて前立腺が生殖機能の一つの働きをしているということを知った。(汗)
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てなわけで、一度、前立腺検査を受けておこうと思い実施。幸い、親父を執刀した主治医に診てもらった結果、前立腺がんの兆候はないし、肥大傾向もなかった。でも、残尿感の原因はよくわからなかった。マイクロスコープで見ると確かに膀胱へ尿が残っていた。60ccぐらいだったかな。???で、2ヶ月ぐらい薬を飲み、膀胱へ尿が残らなくなり、2年に一度は検査をした方がいいよということで一応、良しと相成り。
まあー、前立腺を触診するそのスタイルには驚き、驚き・・・
おかげで残尿感、尿漏れは緩和しつつあるが・・・まあー、自分なりに努力はしてるけど・・・(笑)八味地黄丸を飲んだり、野菜を多めに食べたり、腹筋やPC筋を鍛えたりと・・・ね。
それともう一つはこれでしょう・・・。人生57年の中でこういう再会もはじめて。まさにミラクル!実は、『ずっこけ四人衆』の中にも書いておるんですが、ちょっとばかし引用。
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そうそう、実を言うと二月にあった『日教組全国教育研究集会』がこの地、広島であるもんで、当初は参加するつもりはなかったが、要請もあり参加。そこでの思いもよらぬ出来事に驚き、感動!
で、部会の部屋に入り、一息ついて全体を見回しているとその英語研修を受けた女性にとてもよく似ていると思いつつ、なにせ31年前のことであるから確証は持てない。お互いに31年分の歳をとっているんだから・・・。 レポーターとして参加されていたもんで名前を確認してみたらファーストネームは確かにワーゲンの微かな記憶と一致していたので、ほぼ間違いないと思いつつ・・・1日目が終了した時点で聞いてみることにした。ななんと思っていた通り、その女性だった。まあー、こういう再会、出会いってものもあるんだねー。まあー、たまけたー!しかし、まあー、よくも脳裏へ残っていたものだ。その当時、話した記憶もないのに・・・。(笑)
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31年前のことですけー、その時の資料はどこへしまいこんだのか。それともなくしてしまったのか。ようわからんのですが、でも、その時のアルバム写真だけは大切に持っております。こういう時もあったんですねー。若い、若い・・・(笑)メンバーの中でも一番若くてねー。だから「ぼくちゃん」「ぼくちゃん」と言われてねー。親しくしてもらってました。
で、イギリスへ旅発つ前に初めての卒業生がやって来て『歓送会』をしてくれたんですよ。ワーゲンとはちょうど、10歳ほどしか違わないんですけど・・・。と言う事は47歳でっせー!しんじられなーいっ!(笑)
そして、バース大学での夏季英語研修。まあー、最初はチンプンカンプン。しだいに慣れて、終わりに近づいて来た頃にゃー、楽しくて、楽しくて、おもしろくて・・・。まあー、パブでもよう独りで飲みに行ってましたわ。だから、研究テーマとして『イギリス人とパブ』?をテーマに発表し、みんなから拍手喝采をあびた記憶があります。?結果として、『ビール賞』をいただいて、アンドレア先生?たぶん間違っていると思う・・・と記念写真を撮って誇らしげにしてます。(笑)それにしても懐かしいっ!
で、その時、いろんな面で親切にしてもらい、行動もほぼ一緒にとっていた岩手の高校の先生とはずっと年賀だけのつきあいだったんですが・・・、一時期、どういうわけか断絶していた時期もあったやに記憶してますけどね。でも、昨年末、『喪中はがき』が届き、びっくり!即、電話して聞いてみると「ガンでなくなりました。」とのことでまたまたショック!
それに今回の全国教研で岩手の高教組の先生がレポーターとして来られていたので聞いてみると「知ってますよ。やさしい真面目な、研究熱心な先生でいろいろとお世話になりましたよ。」と。いやー、まさにミラクル!K先生が結びつけてくれたのかなー!(笑)
もうこの結びつきも終わりかなーと思っていたところ・・・、まさにミラクルな出会いがあったというわけ。ツアーに参加した他の方が今、どうされているのかはまったく不明。言える事はほぼ皆さんは定年60歳を超えておられることかな。?
まあー、そういうことで・・・人様に迷惑かけないように、自分に正直に生きて、生きてます。 その自分史がこのホームページであり、しばらくはお付き合いを願います。(2009年11月12日)