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天正8年に小早川隆景(毛利元就の3男)によって沼田川の河口の中州に築かれたのがはじまりだそうです。小早川家のあとは、広島藩の藩主になった福島家、浅野家の支藩として続いたそうです。明治初年に撮影されたという古写真を見ると複数の櫓や城門が写っていて、石垣が海に浮かんでいるように見えたので、「浮城」とも呼ばれていたそうです。なるほど、豊臣秀吉や徳川家康が三原城を見て、隆景の縄張りの素晴らしさに関心をしたという話が残っているそうです。これは意外と知られていないのですが、春日局が徳川家光の乳母になる前に、豊臣秀吉の命令で小早川秀秋(秀吉の甥)の補佐役として仕えていた夫・稲葉正成と共に三原城で過ごしていた青年期があったそうです。写真は三原城の天守台の石垣で、石垣の真上に新幹線が通っていたのは衝撃的でした。
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