OSHO INSTITUTE : 関西瞑想会


サイキックマッサージセッション : OSHO 瞑想会

OSHOの手:関西OSHO瞑想会

 

  サイキックマッサージは、ボディーワークと言葉によるコミュニケーションを通して
“あるがままの自分”とつながり、“本当のくつろぎ”を促すセッションです

 

セッションの初めに、短時間のエネルギーチェックを行い
あなたの身体のどの部分が“開いているドア”のようであるのか
身体のどの部分が愛を受け容れる用意ができているのか

その反対に、あなたの身体のどの部分が過去や未来のことで忙しくしていて
今、この瞬間にある贈り物を受け取れずにいるか
を見つけ出します

 

マッサージは開いたドアへのやさしい訪問から始まります

繊細なタッチには何かを変えよう、助けて上げよう、といった意図はありません
触れることを通して ただ“気づき”が起こりうる“土壌”を整えていきます

 

受容的で繊細なタッチによって
あなたは深くくつろぎ、自分を信頼するスペースに誘われていきます

 

過去や未来の「問題」で忙しかった部分
過去のトラウマや条件付けのために萎縮していた筋肉がほぐれていきます


抑えられていた 感情や、目を向けないようにしてきた思いに気づくことで
生のエネルギーは再び流れ始め、愛のスペースが大きく育っていきます



サイキックマッサージの様子:関西OSHO瞑想会


ワンセッション 90分 10000円

シャンティのプロフィール

 

問い合わせ & 申し込み

 

 

サイキックマッサージとの出会い

私は 1989年8月、Pune のOsho Communeで、Sagarpriya のセッションを受けました
彼女のセッションに興味があったのと
10年以上続けていた高校教諭の仕事を続けていくべきかどうかについて明らかにしたかった
というのがセッションを受けた理由です
彼女への信頼と、セッションへの期待がありました

マッサージは、とても気持ちが良かったーと書きたいところですが
もったいないことに、どんな感じだったか、覚えていません
ただ、静かで安らかな
身体も心も深い部分からくつろいだスペースにいた、というのを覚えています

彼女は私の拙い英語を理解し
平明なわかりやすい言葉で話してくれ
思いやりと優しさ、ケアにあふれていました

私は彼女の手の大きさ、殊に指の節がしっかりしているのに感銘を受けました
「もう20年もマッサージをしているのよ」と彼女は言います

リーディングは、初めての体験です
あなたの過去世かどうかわからないけど、と前置きして
彼女はリーディングしたイメージを話してくれます

上流階級に属していると思われる衣服を身にまとった女性がいる
膝の所に4人の顔がある
その人たちの存在が、彼女の行動を束縛し、制限している

いつ頃 ? と尋ねると
14という数字が浮かんだという
14世紀 (鎌倉時代の末期か、室町時代ですね )
歴史の本ででも、そういう衣装を着た人の絵が載っていないか、見てみるといいでしょう
彼女は、物質的には何不自由なく暮らしていても、決して自由に生きられませんでした
瞑想することも、知らなかったのです
でも、今のあなたはそうではない
瞑想し、自分の人生を生きられる

仕事を辞めるのは---1年または2年後かしらね---

私が理解したのは、こういうメッセージです
自分を無意識に縛っているエネルギーがある
それに気づくこと
でも、そのエネルギーに同一化する必要はない
同一化しないでいる
そのエネルギーを距離を置いて観るためには、瞑想が助けになること

すぐに仕事を辞めないにしても、これまでの生き方を変えてもいいのだ
これまでの生き方は変わりうる
そう 思うと、ほっとしました

そして、その時には思いもしなかったのですが
翌年8月に仕事を辞め、10月からPuneに長期滞在することになり
91年 2月〜3月のサイキックマッサージトレーニングに参加することになったのです

サイキックマッサージのセッション

サイキックマッサージのセッションのすばらしいところは
「人格を超えた深いレベルで人と出会う」というところです

人格を超えた深いレベル ー being は、人の内奥の存在です
生命の根源、宇宙の根源につながっているところ---といってもいいでしょう

人は、社会の中で生きていくために
この世に生まれ落ちてから、being の外側にいろいろな人格を作り上げます
両親や社会からの条件付けもそうですし
過去世からさえ、いろいろなエネルギーを持ち運んでいることもあります

けれども、どの人の being も、そういうエネルギーの影響を受けてはいません
Being はいつも、何ものにも侵されることがないのです
生命そのもの
生命を生命としてあらしめているもの、それが being なのです

瞑想の中で、セッションをする人ー セッションギバー、セラピスト は
自分自身の being とつながります
そして、そのレベルで、being のレベルで、相手と出会います

Being と being が出会い
それは、二つのエネルギーの出会いではありません
人格という境界が溶け去り、そこに 一つになった状態が生まれます
深いくつろぎと静けさがあります
それは 至福に満ち、愛に溢れたスペースです
瞑想のうちに安らぎ、共鳴が起こることで
安らぎはさらに広がりや深みのあるものになります

瞑想の内で、他者と出会うこと

サイキックマッサージのエッセンスは瞑想だといわれるのは、このためです

とはいっても、人が自分自身の being につながり
そして自在に瞬間瞬間を喜びに満ちて生きていくのを妨げるエネルギーが
どの人の身体にも存在します

それらのエネルギーは、チャクラや身体のさまざまな部位に凝縮した形で存在します
セッションギバーはこれらをリーディングし、その人に応じた対し方をします
ある人にとっては、自由さを妨げているものがどこにあるかに気づくだけで十分でしょう
ある人にとっては、そのエネルギーにしっかりと向き合い
受け入れることを通して、別な生き方の可能性を探っていく必要があるかもしれません

セッションギバーはリーディングに基づいて話し、気づきを促し
それらのエネルギーと新しい付き合い方ができるようにガイドします

けれども、サイキックマッサージはその人を変えることを志向するものではありません
人が 内なる存在 ー being につながり、滋養を得ること
そして自分らしさにくつろぎ、くつろぎを通して成長していくのをサポートすること
それが、サイキックマッサージのセッションが目指すものです

どこにも行く必要はないこと
あるがままにイエスをいうこと

そうした理解から、今・ここにあるくつろぎが生まれてくるのです

 

 

 



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