宇宙飛行士の夢



温かい・・・・・・・・なんて温かいんだろう。
身体中を上等の毛布で包まれているみたいだ。
眠っていたんだろうか、俺は。
眠い、目を開けているはずなのに、何も見えない。真っ暗だ。
宇宙空間なら星くらい見えるはずなのに。
宇宙・・・・そうだ、俺はシャトルに乗っていたんだ。
じゃあここはやっぱり宇宙空間か。いや、まて。
警報装置の赤い点滅、異常な振動、キャプテンの低く短い悲鳴、
鋭い閃光。
思い出した、シャトルは打ち上げ直後に予測もつかなかったアクシデントで
爆発したんだった。
俺の初飛行は打ち上げ1分たらずであっけなく失敗したんだ。
とすると、俺は死んだんだな。
それにしても、この心地よさ、温かさはどういうことだろう。
死は冷たいものだと思っていた。
死がこんなに快いものなら、生きている間あんなにびくつくんじゃなかった。

小心者の俺が、どうして宇宙飛行士(スペースマン)になんか志願したのか。
俺は人一倍死を恐れ、なのに人一倍虚栄心が強かった。
飛行士(スペースマン)か技術者(エンジニア)かの選択をせまられた時
地上勤務の技術屋になることもできた。
マーサの前でかっこつけたかっただけだ。
マーサも俺に劣らず虚栄心の強い女だ。俺が飛行士になるものと信じて
疑わなかった。
もし俺が地上勤務になったら、あっさりおさらばされていたろう。
彼女が一番興味があるのは、飛行士の俺。
飛行士の恋人である自分。
俺はマーサを失うのがこわかった。だから飛行士を希望した。

寝返りを打ってみた。どうやら体をなにかに包まれているらしい。
遠くで人の話し声が聞こえる。とすると、棺の中ってことも考えられる。
あるいは、俺の棺を墓場へ運ぶ途中なのかもしれない。
俺の遺体は見つかったんだろうか。
シャトルは空中で爆発し、四方に散ったはずだ。
俺の遺体もこっぱみじんになって太平洋に降りそそいだに違いない。
それじゃあ・・・・・・
俺はここが棺の中ではないことを確信した。
俺がもう死んだ人間なら、ここはたぶん奈落の入り口なんだろう。
だって、こんなにも安らかだ。今の俺はなにもこわくない。
なにか大きな、柔らかくてやさしてものに守られている気がする。
神かもしれない。

打ち上げ直後、俺は恐怖で歯の根も合わないほどがたがたと
震えていた。
後悔していた。なんでシャトルになんか乗っちまったんだ。
唇が乾き、冷たい汗が顔中をつたう。
(マーサめ・・・・・・)
俺はブロンドをちりちりに縮らせたグラマーな脳無し天使を呪った。
今頃他の男とちちくれあっているんだろう。
機械的な声が発射前のカウントダウンを伝える。
(マーサ!帰ってきたらそのブロンドを全部引っこ抜いてやる。)
あんな尻軽のために、行きたくもない宇宙になんぞ行くはめになるなんて。
俺はマーサを呪い、自分のくその役にもたたない虚栄心を呪い
宇宙を呪った。

ああ・・・でも。
そんなことはもうどうだっていい。今はこんなにも安らかだ。
すべての邪気が取り除かれて、無になっていく感じだ。
俺は何度も寝返りをうった。そのたびに体が落ちていく気がする。
きっとあの世ってとこまで行くんだろう。
思えばたいした人生じゃなかった。つまらない女にひっかかって・・・
地上勤務になっていたら、そこそこの女を女房にして、そこそこの給料を
もらい・・・・まぁ、そんな人生もたいした人生じゃないけれど
少なくともこんなふうにただの肉片になって海に散り果てることも
なかったろう。
俺みたいな死に方を、人は壮絶な死と呼ぶんだろうか。
臆病で平凡そのものの男が、死にざまだけ壮絶だってなんの価値も
ありはしないのに。
願わくばこの次は(命にこの次があるとしたら)
生き方だけは自分で決めたい。誰に左右されることなく・・・・

でもとりあえず今だけは、こうして安らいでいよう。
体がどんどん落ちていく。
窮屈な感じもするが、シャトルの窮屈さに比べたら
少しも苦にならない。
意識が薄れていく。あの世に行く前に、生きた記憶は全部
消えるんだろうか。
爆発の恐怖も、マーサのことも
俺が宇宙飛行士だったことも・・・・・・全部。

一瞬の緊張が解け、室内に安堵の空気が流れた。
分娩台の上の女は、三日も続いていた陣痛の苦痛から解放され
中年の医師に向かって弱々しく両手を差しのべた。
医師は女に向かって慈悲深くほほえんだ。

「よくがんばったね、男の子だよ。」

        おわり