ゆきとゆうき

朝、目覚めた瞬間、わたしはこんなことを考えた。
(あたしっていつから双子なんだっけ?)

買ったばかりの目覚ましがけたたましく鳴っている。
寝起きの悪い私たちに業を煮やした母が、今までの二倍はやかましい奴を
買ってきたのだ。
それにしたって、なんて音!  脳天に突き刺さる。
「有希(ゆうき)」
私は隣に寝ている妹を呼んだ。
「う・・・・ん・・・ねむ・・・・」
くしゃくしゃのタオルケットの中から、私と同じ顔の妹が這い出て来た。
「由希(ゆき)、何時?」
「7時」
「ふあぁー、うるっさーい、ねぇ、由希、時計止めて・・・」

竹中由希と竹中有希、17才。一卵性双生児。
顔はもちろん、体格、性格、名前まで似ているふたり。
まったく親はなに考えてるんだか。それでなくとも紛らわしいのに
名前まで「ゆき」と「ゆうき」だって。
(それにしても・・・・・・)

「ゆき、ピーマンはじいちゃだめよ」
「なんでー母さん、あたしがピーマン嫌いなの知っててわざと
入れるのよ、拷問と同じじゃん」
「17にもなって、ピーマンだめのニンジンだめのって、あんた恥ずかしいと
思いなさいよ、ゆうき!あんたゆきのピーマン食べちゃだめよ、
あんたがそうやって食べてやるから、いつまでたってもゆきが食べないのよ。
ったく、我が家の食卓は2人が子供の頃からちっとも進歩がないんだから。」
「家庭の食卓がいちいち進歩してたまるかい」
父さんがぼそっとつぶやいた。

いつもと変わらない食事風景。私たちが生まれてから17年続いた
父と母と娘2人の食事。
私はゆうきを見た。
ダイエット、シェイプアップ まったく無関心のゆうきはもう3枚目の
トーストにかじりついている。

笑うと少し垂れ気味になる目も、ぷっくりとした頬も、私とそっくり。
ふつう一卵性でも一方にほくろがあるとか、声がハスキーだとか
違いがあるものだけど、私たちにはそれがない。
私がゆきで彼女がゆうきであることの、目印がない。母親でさえも
時々どっちがどっちだかわからない時がある。
いつも一緒にいた私とゆき。アルバムには確かに同じ顔した2人の
赤ちゃんのスナップが何枚も貼ってあったし、戸籍にはもちろん
私たちが姉妹だと記してある。
親戚のおばさんも、生まれた直後産院に双子の赤ちゃんを
見に行ったというし、だいいち私自身も3つくらいの時に大きな
クマのぬいぐるみをゆうきと取りっこして泣かせた記憶がある。
だけど・・・・・・
何か変だ。何かおかしい。私は得体の知れないなにかに
欺かれているんじゃないだろうか。
(欺かれる?誰に、なんの為に。)
うちの親が身よりのない赤ん坊を引き取って実子として育てたとか?
ならどうしてこんなに似てるの?
そんなんじゃない・・・・あ、やだ、なんだって今朝に限ってこんなこと。

(ねぇ、ゆうき、あんたどうしてそこにいるの?いつからいるの?
あたしたち、ほんとに姉妹なの?ゆうき・・・あんたいったい誰なの?)

「おかわりは?ねぇ、ゆきったら」
「ん?あ、いらない。もういい。」
「なにぼんやりしてんのよ」
「ちょっと頭がぼんやりして・・・・」
「やだ、風邪?気を付けてよ、受験生なんだから」

部屋に戻り、私はのろくさとカバンに教科書を詰めた。
「ね、ゆきちゃん、どうしたの?」
「別に。」
「あたしさ、なんか気に障ること言ったっけ?」
「なんにもないよ」
「うそ、さっきからあたしのこと怖い目で見てたじゃん、なんか
言いたいことあんでしょ?」
「ないって・・・」
「うそ!」
「ないったら」
「うそ、うそ!」
ゆうきは語気を強めた。
「なんか言ってよ、言いなさいよ!」
「じゃ言うわよっ、あんた・・・・あんた、だれ?」
とうとう言ってしまった。
「誰なの?あたしたちいつから双子なのよ。」
私はゆうきがすぐに笑い出すか、きょとんとして私を見てから
あわてて母さんを呼びに行くかするものと思っていた。
でもゆうきはそのどちらもしなかった。そして無表情でこう言った。
「あたしが、誰かって?」
笑わないの?ゆうき、笑ってよ。バカにしてよ私のこと。
変なのは私、どうかしてるのよ、ね、ゆうきったら。

「あたしは、あんたよ」
きょとんとするのは私の方だった。
「引き継ぎ期間が終わったようね」
「・・・・・なに言ってるの?ゆうき。」
「ご苦労様、あとは私がやるわ。」
ゆうきはにっこり笑った。
「なに?どういう意味?ねぇ!」
「あなたが竹中由希でいるのは、今日、この時間まで。あとは私が
引き継いで竹中由希になるの。」
「な、なんで!?」
「それが次元法規だからよ。みんなそうなの、気が付かないだけよ、
だって、引き継ぎ期間とそれ以前の記憶はすべて消えるんだもの。
父さんも母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、すべての人間は
そうやってきたのよ。ただ忘れてるだけ。」
「そんな・・・じゃ、子供の頃の写真は?あたしたちの・・・・おばさんは
病院に双子の赤ちゃんを見に行ったって・・・。」
「全部作られた記憶よ。引き継ぎ中に混乱が起きないようにね。あたしが
あなたと一緒にいたのは1ヶ月だけよ。」

ゆうきはちらりと時計を見た。
「時間だわ、じゃ、ごくろうさま。」
「まってよ!あたしはどうなるのっ!」
「役目が終わったんだもの、存在が無くなるのよ、無にかえるの。」
「そんな、いやよ!助けてよ!」
「そんなこと言ったって・・・」
「無になるなんて、いやっ、あたしはゆきよ、竹中ゆ・・・・。」
目の前のゆうきが消えた。
すうっと、空気に呑み込まれたみたいに。
「ゆうき?ゆうき?」
消えちゃった・・・・・。
私は鏡にかけよった。私だ、間違いなく、私。
どうしちゃったんだろう、今のは幻覚?
そうだ、私が勝ったのかもしれない。ゆうきに勝って、私は私のまま
いることができたんだ。そうに決まってる。ああ、よかった・・・
私は私のまま・・・・・・・

「ゆき、学校遅れるわよー。」
母さんの声、あたしはゆきだわ。間違いない。
でも・・・・でもまって、私が今までの私だって誰が言い切れるんだろ。
だって、ゆうきは消えてしまったし、

え?ゆうき?ゆうきって誰だっけ・・・・・・・・・。

            おわり