| 「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」 著者 遙洋子 発行所 筑摩書房 |
人間がこの世に生まれて初めて体験するケンカが兄弟姉妹喧嘩だとしたら、 ひとりっこの私はだいぶ大きくなるまで「ケンカ」というものを経験しなかったことになる。 そのせいか、私はケンカが下手。 すぐかっとなって、わけがわからなくなり、理性無くして罵詈雑言。もしくは、ただ黙って根に持つ(笑) 上手にケンカできないものかと、ずっと思い続けていた。 ここで私の言うケンカは「議論」を指す。 タレントである著者の遙洋子氏は、議論にうち勝つ方法を模索していた。そしてフェミニズムの 第一人者、上野千鶴子氏に教えを請うべく、東大の門をくぐった。 私が初めて「ジェンダー」という言葉を知ったのは上野千鶴子氏の著書だった。 「ジェンダー」 生まれつきの性差とは別に、社会環境や文化によって植え付けられた 男女差 とでも表現すればいいのか・・・・・うまく言い表せないが・・・ 遙氏は上野千鶴子をして「私の知る限りたったひとり、議論にみごとに勝ち続けている女性」 と表現する。 本書にも、たびたび上野氏の議論場面が登場するが、その見事な論法には研ぎ澄まされた 刀を思わせる。ナイフではない、刀。真っ正面からばっさりと相手を斬るのだ。 しかし、彼女は「議論に勝ちたい」という著者にこう言ってのける。 『相手にとどめを刺してはいけない、その世界であなたが嫌われ者になる。それは得策じゃない。 あなたはとどめを刺すやり方を覚えるのではなく、相手をもてあそぶやり方を覚えて 帰りなさい。 議論の勝敗は本人が決めるのではない、聴衆が決めます。 相手をもてあそんでおけば 勝ちはおのずと決まるもの。 それ以上する必要も。必然もない。』 とどめを刺さずに勝つ。それには「引き出しをたくさん持て」と言う 『議論は一面的な物言いから始まる。引き出しはたくさん持っていたほうが強い。』 そして引き出しをたくさん持つには、一に勉強、二に勉強だと。 著者は膨大な量の参考文献を読破するよう命じられる。しかも超難解な文章を。 「なにがなんだかちっともわからない」「読んでもすぐに忘れてしまう」 そんな著者の悲鳴にも、上野氏はこう諭す。 『忘れてしまうような文献はその程度のもの。どんどん忘れなさい、その中で 覚えていられるものだけが値打ちがある。忘れたとしても、物事が多面体であることを 知っていれば、 一面的な物の言いようは否定できる。』 『複雑なことを単純に理解しようとしちゃだめ、複雑なことは複雑なまま理解しなさい』 『知性と教養という言葉をよく人はセットで使う。でも知性があっても教養のない人もいる。 教養があっても知性のない人もいる。しかし知性も教養も両方あるにこしたことはない。 勉強しなさい。』 こうして展開していく上野論法に、私はすっかりはまってしまった。 そして私をとりこにした決定的な上野氏のこんな台詞がある。 『オリジナリティは情報の真空地帯には発生しない』 情報はたくさん収集しようと、思った。いろんな形で。 さて、ケンカだが、 著者は東大で上野氏に学んだ「ケンカのしかた・十箇条」をあげている。これは別な言い方をすれば 「議論での男のもてあそび方・十箇条」とも言える。 これはぜひ、本書を一読願いたい。 目からうろこがばらばらと音たてて、こぼれ落ちるかもしれない。 簡単に言えば、ケンカに勝つには、言葉をどう使うかが問題になる 著者は言う。 『言葉をどう使うかで、人はものを見ることができるし、見ないこともできる。 見せなくもできるし、 見えなくもできる。そして見破ることも。』 言葉に対して敏感にならなくては・・・・・・・・ |
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