
| 千手丸にははっきりとわかった。 おのれの胎内に宿るふたつの命。 ひとつは重衡(しげひら)の子 そしてもうひとつは 咲耶が自分の中に送り込んだ子。 (おなごを捨てたはずのわたしに、これ以上なにを成せと・・・・) さきほどまでの騒乱が嘘のように静まりかえった中で、葦若は呆けたように咲耶のかき消えた天空を見上げていた。 「咲耶・・・・戻ってきてくれ 咲耶・・・・」 「お前さまっ しっかりして お前さま」 露草が葦若の背後からしがみつく、しかし葦若にはそれすら気づかぬ様子。 「お前さま・・・・情けなや 露草がここにおりますのに・・・・」 「露草 気をしっかり持つのだ。亭主はいっとき心が迷っているだけだ。また時期 気を取り戻すだろう。」 「咲耶 咲耶 咲耶 どこにおる。咲耶 戻ってきてくれ・・」 「露草がおりまする、お前様の女房の露草が・・・」 「露草などいらぬ 咲耶がいい 咲耶がおればそれでいい」 「あ・・・・・お前さま・・・・そんな・・・」 露草のまだあどけなさの残るけなげな顔が一瞬激しく歪んだ。おそらくそれは 露草自身生まれて初めて 芽生えた 名状しがたい感情。 「咲耶 咲耶が欲しい 咲耶・・・・咲耶・・・どこにおる 咲耶 さ・・・・」 葦若の 無邪気にも聞こえる繰り言が唐突に途絶えた。 唇だけ傀儡のようにパクパクと動くが声にならない。目も虚空にかっと見開いたまま。 「ああっ、露草っ なにを・・・・っ」 千手丸がしぼりだすような声で叫ぶ。 地面に落ちていた千手丸の太刀を拾うが早いか、露草はその太刀を葦若の背中に深々と突き刺したのだ。 激しい血しぶきが吹き上がる。返り血を浴びながら露草はけたたましく哄笑した。 「露草をいらぬというなら、いっそ 死んでおしまいなされ・・・・」 葦若の体がどさりと地面に崩れ落ちる。刃は背後から一瞬にして葦若の心の臓を付いたらしかった。 こときれた葦若の骸の上で、髪を振り乱した露草がけらけらと笑う。 涙を流しながら笑い続ける。 これもまた 咲耶の念のなせるわざわいなのか。それとも女の情念なのか。 千手丸は露草の手から太刀を取り上げ、静かにさやに収めた。 ![]() 夜が明けようとしていた。 もうすでに正気を失ってけたけたと笑うばかりの露草の手を引いて、千手丸は禍々しい野茨の館を後にした。 館を取り巻く野茨の花は、咲耶の血を吸って真っ赤に染まる。 しかしもう主を失った野茨は館と共に朽ちていくさだめにある。 千手丸は胎内に運命の子をふたり宿したまま旅を続ける。 重衡と咲耶 ふたつの血と思いを引き継いだ命を宿して。 |