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| 新・耳袋 現代百物語 第五夜 著者 木原浩勝 中山市郎 発行所 (株)メディアファクトリー |
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| あのね、マジでこわい。この本。 著者ふたりが、体験者に聞いたままの体験談をなんの注釈も個人的感想も入れず 載せているんだけど、既成の「本当にあったこわい話」的本とは比べ物にならない。 こわいというより、奇妙・不可思議。 読んだあとに、「なんで!?」「うそ・・・・・」こんな台詞が思わず口をついて出る。 私はこの手の話が子供の頃から大好きで、このシリーズに出会った時も 「私の探していたものはここにあった」って感じでむさぼり読んだ。 第一夜からずっと愛読してるけど、話の中に第三者からみたら驚愕するほどの 怪異に遭遇しながら、「見なかったことにしよう」とか 「見ない方がいいですよ・・・・」といった言葉で淡々と事実を片づける人がたびたび 登場することに驚かされる。 これが実はこの一連の実話をよりリアリティーに表現しているのだ。 条理では割り切れない現象に遭遇したとき、もしかしたら人は恐怖より、 その事実から目をそむけようとするものなのかも知れない。 見てしまったものを必死で忘れようとするものなのかも知れない。 そして、恐怖を感じれば感じるほど、淡々と語らなくては、平常心を 保てなくなるのだろう。 私はこわい話が好きで聞きたがるが、私自身はあまりその手の話には縁がない。 ただひとつだけ、どうしても説明のつかないものを見たことがある。 わたしが23くらいの時に、母方の祖母が直腸癌で亡くなった。 訃報を聞いて、真夜中叔父の家に近くに住む親戚が集まった。 みんな悲しみにひたる暇もなく、葬式の準備に奔走していたところへ、叔母が 幻妙な顔つきで仏間から現れた。 「これ・・・・・・」 差し出したのは一枚のお札。 それは祖母が発病する直前に、お伊勢参りでもらってきたお札だと言う。 「ねぇ、このお札、湿ってるんだけど、なんで?」 叔母が仏壇の引き出しから過去帳を出そうとして、お札を見つけたが、 妙なことにお札はじっとりと濡れていたのだ。 「雨でも漏ったんじゃないの?」 と叔父。 「でもそれだったら、なんでお札だけ濡れてるのよ。お札の上と下に重ねてあった 紙はぜんぜん濡れてないんだよ」 たしかに、濡れているのはお札だけ。 「お札がばーちゃんの腹水をとってくれたんじゃないの?」 誰かが言った。たしかに臨終まぎわ、腹水がたまって平常の3倍も膨れ上がっていた 祖母のお腹が、死後まもなくうそのように元に戻ってはいた。 私はそのお札に触らせてもらったが、なんとなく生温かい黄色みかがった液体に 浸されていたかのようだった。 さて、「百物語」と題しているのに、全シリーズ通して99話までしか収録されていない。 というのは、古来より一度に百の奇怪な話をすると、百話終了後に怪異現象が起きると 言われているからだ。 そのために、わざと一話抜いているわけなんだが・・・・・・ |
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