くませんせい

朝、すがらわ先生がお部屋に入ってきました。
すがらわ先生は本当は「すがわらせんせい」なんだけど、まんなか組のくりぐみさんは
ほとんどみんな「すがらわせんせい」って呼んでいます。
「みなさん、くりぐみのあきこ先生が入院しました。」
みんなはえーって声をあげました。
「あきこせんせい、びょうき?」
「いいえ、まもなくあかちゃんが生まれるの、だから入院したのよ。」
すがらわ先生は丸いほっぺをいっそう丸くして、にこにこしながら答えました。
「あしたはようちえんにくる?」
まこちゃんが心配に聞きました。
「当分は来れないの。あかちゃんを生んで、それからもうちょっとしないとね。」
「じゃ、じゃ、くりぐみにはせんせいがいないの?」
「おうたうたうときはだれもピアノひいてくれないの?」
「おしっこもらしちゃったときは、だれがふいてくれるの?」
するとすがらわ先生は人差し指を口に当てて、しーって言いました。
「あきこ先生が幼稚園に来れるようになるまで、新しい先生に来てもらうことになりました。」
そしてすがらわ先生がくりぐみのお部屋の戸を開けると、
入ってきたのは太った黒い熊。
先生たちが着けているようなピンクのエプロンに長いスカートをはいています。
「あ!くまっ」
誰かが叫びました。
「山の幼稚園から来てくださった、くまの先生です。」
「みなさん、よろしくね。」
くまの先生はにこにこしながら、みんなのことを見回しました。
「くまのせんせい・・・・・どうしてくまなの?」
ゆうとくんがちいさな声でいいました。
くまの先生は口に毛だらけの手を当てて、おかしそうに笑いました。
「ふふふ、じゃきみはどうして、人間なの?」
「わかんない。」
「それじゃ先生にもわからないわ、だって生まれた時からくまなんだもん。」
くま先生はそう言ってやさしくゆうとくんの頭をなでました。
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あきこ先生とおんなじ、あったかくて柔らかい手だ  って、ゆうとは思いました。

その日から、くま先生はくりぐみの先生になりました。
くま先生は歌がとっても上手。
ピアノを弾きながら、おやまの幼稚園でくまの子供たちといつも歌っている歌を
聞かせてくれます。

『はちみつだいすき どんぐりだいすき のいちごだいすき りんごもだいすき
おさかなだいすき くりのみだいすき ぶどうもだいすき なんでもだいすき』

「ねぇ、せんせい。くまのこどもたちってだいすきなものいっぱいあるね。」
まこちゃんが言いました。
「ママは、すきなものばっかりたべてちゃだめっていうよ。」
するとくませんせいは、
「こどもはね、大好きなものをいっぱい食べて大きくなるのよ。」
ってにっこり笑いました。
「さぁ、今日はお天気がいいから、おそとでおすもうしましょ。」
最初はちょっとこわがっていた子供たちも、すぐにくませんせいが大好きになりました。
「うん、やろうやろう!」

くませんせいはおすもうがとっても強い。
くりぐみの子供たちが10人がかりでかかっていっても、びくともしません。
それにあきこ先生は3回に1回は負けるのに、くませんせいは何回やっても絶対負けません。
「すごいな、くませんせい。うちのパパより強いや。」
しゅんたくんが言うと、くませんせいは「ふっふっふっ」って笑いました。

くませんせいは木登りも上手。
園庭にあるいちょうの木のてっぺんにボールがひっかかった時も、するするするって
アッというまに登っていって、とってくれました。

おっきいくみさんも、ちっちゃいくみさんも、みんなくませんせいのまわりに集まってきて
せんせいのふかふかした手や顔に触ります。
でもくませんせいはちっとも嫌な顔しないで、ただにこにこ笑っていました。
 「いいな〜おれもくりぐみになりたいなぁ。」
っておっきいくみの男の子が言うと、くりぐみさんは「だーめ」って言いました。
だってね、まんなかぐみさんがいつも「はやくおっきいぐみになりたいなぁ。」って言うと
「だーめ」って言ってたんだもの。


夏が来て、秋が来て、そろそろ風が冷たくなってきた頃。すがらわ先生がまたくりぐみの
みんなの前で言いました。
「あきこ先生がまたくりぐみに帰ってきます。」
みんなはわーって喜びました。
「ほんと?ほんと?もうあかちゃんおっきくなったの?」
「あきこせんせいもうげんきになったの?」
「でも・・・・・くませんせいはおやまのようちえんにかえっちゃうの?」
とたんに、お部屋の中はしーんとなりました。
「あきこ先生が戻ったら、わたしはおやまに帰るのよ。」
くませんせいは、やさしい声でいいました。
「やだよ、くませんせいとあきこせんせいと、ふたりがくりぐみのせんせいだったらいいのに」
「そうだよ、それがいいよぉ。」
「えんちょうせんせいにおねがいしようよ。」
「すがらわせんせい、えんちょうせんせいにおねがいして。」
するとくませんせいは静かに首を振って
「でもね、だめなの。もうすぐ冬が来るわ。」
「ふゆになったらいっしょにゆきがっせんしようよ。」
「ゆきのおやまつくって、すべってあそぼうよ。」
「でもね、だめなの。」
くませんせいはもう一度繰り返しました。
「くまはね、冬になると眠らなきゃならないのよ。」
「なんで?それってとうみんのこと?」
「そうよ、冬の間はずっとね。春になってあったかくなるまで、眠るのよ。だから冬は
おやまの幼稚園もおやすみ。」
「寝ないとどうなるの?」
「寒くて死んじゃうのよ。」
「・・・・・・・そっか・・・じゃあ、ふゆは遊べないね。」
ゆうとくんがぽつんと言いました。
「大丈夫よ、あきこ先生が遊んでくれるから。」
そしてくませんせいはおやまの町に帰って行きました。
かごいっぱいのくりの実を贈り物に置いて。
くりぐみの子供たちはくりの実を一個、幼稚園のお庭に埋めました。
「きっと芽が出て、大きくなって、くりの実がなるよ。」
「そしたらまたくませんせい、あそびにきてくれるかな。」
「あしたかな、あさってかな、そのつぎかな。」

もうすぐ冬です。