「この宇宙に、もし地球人しか存在しないとしたら、宇宙は広すぎてもったいない。」

宇宙のどこかに、知的生命体が存在するという強い意志に突き動かされて、
ひたすら宇宙からのメッセージを受信し続ける科学者エリー。
人間はいったいどれくらいの強い意志を持てば、なにかに自分の人生を
賭けることができるんだろう。
地球外生命体の導きによって作られた物体に乗り、単身未知の世界に
飛び立つエリー。
友も愛も仕事も地位も、命さえ投げうって、彼女が探し求めるのもの。
「人はなぜここにいるのか、なぜ存在するのか」

映画の冒頭、騒々しい地球の電波が交錯する近宇宙から、しだいに遠く離れ
そして人智を越えた世界へと映像はめまぐるしく移っていく。
映像に感情移入していくと、地球が見えなくなった時点で、たまらない
孤独感に襲われる。
そして孤独感はしだいに心地よさに変化していく。
人間としての形骸を離れ、自分もビッグバンで吹き飛ばされた宇宙塵の
一粒となって、宇宙空間を高速で飛んでいく快感。

ジョディ・フォスターは嫌いだった。
デビュー当時の早熟な少女のイメージが、同年代の私には鼻についた。
いつまでたっても子供だった私は、彼女のさかしらな早熟さが嫌だった。

「羊たちの沈黙」を見て、いい女優になったと思った。
最近、彼女の映画を2本続けて見た。
「コンタクト」と「ネル」
「コンタクト」のエリー博士と自然の中で育ったイノセントのネル。
まるで違った女性ながら、実はとても似ていることに気づく。
どちらも、自分の人生は自分で選んだ。
ネルは法廷で、今後の生活について、このまま自然の中で暮らすか
社会に出て新しい世界で暮らすかの選択を迫られた時、
「自分の世界は小さいけれど、みんなはみんな、ネルはネル」と答え
いままで通り、自然の中で暮らすことを選ぶ。
エリーは「つまらない研究を続けることで、自分の才能を埋もれさせるな」
という上司の言葉に、「私の人生よ」と答える。
私の人生、私の行き方、私の信じるもの・・・・・・
強い精神力を持った女性を演じさせたら、ジョディ・に並ぶ者はいない。

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ところで、エリーがワープして到着したベガの風景って、あれは結局異星人が
相手の心の中を読んで、一番心が安らぐ風景を映像化したって設定なんでしょうか。
あれはクリスチャン・ラッセンとかウィスパー・アクエリアスの絵を彷彿とさせますね。
ちょっとしゃれたマンションのリビングかなんかに飾ってありそうじゃありませんか?
実はああいう映像見てると、胸がきゅ〜んとしてしまう。
なんとなく懐かしくて。
ちょっとあざといかな・・・・とも思うけどね。
それから最初に作った物体が爆破されてしまっった後に、実はもう一機
密かに北海道で作られていたって・・・・・
あんなどでかい装置が建設されてたら周辺住民は騒ぐよね。
ニュースステーションで取材に来るよね。
レポーターとか来るよね。
「北海道に謎の建設物!」とか。
ニッポンのマスコミを甘くみるんじゃないわよっ>アメリカ
それにエリーが北海道で寝泊まりしているあの部屋はなに?(^_^;)
お供え餅の飾りがへん〜
トイレットペーパーが外についてるのはなじぇ〜?
しかーも、エリーが着ている神主みたいな白装束は・・・・?

ちと問題ありの点もあるけど、総じて150分が長く感じられなかった。
ああいう映画って好きなんだよね、わたし。